見下していた明日

偽(ぎ)を語りし生物は堕ち、助く価値無しと判断す。
しかしまだ浄化出来るやもしれぬ。
尻を鞭で打て。人間を助けねばならぬ。だから、尻を鞭で打て。


朝が訪れる。
時間通りだ。寸分違わぬ。
空から降りて来た複数の私と同じ姿をした男達・・・
背中に一対の白い翼を生やした、白い服に実を包んだ存在。
眼の前には、低い石の台座の様な場所で尻を出した、人間達が居る。
全員、身体の再生が幼体時の状態と成っている。
再教育の最も基本的なベースの部分、露出した尻への鞭打ち教育である。
本来は普通に掌で叩くだけで良かった、それも人間の手によって行われるもの
の筈であったが、闇を司る皇子を人間達が殺害した事により、
第四の罪が発生、と同時に必然的に
統治の世界における人間の指導者層を育成する計画も実行不可能に成る。
そんな訳で、普段は管理職なんかやっている私も駆り出された。
事前に想定に組み込まれていた事とは言え、
かなりの数がこの計画の為に地上へ降りて来た訳で、
何とも大掛かりな教育計画である。
眼の前の人間は四つん這いで尻を突き出している。
ふむ、早く終わらせるのが人間も楽だろうな。
「浄化を実行する!」
私が号令を出すと、部下が人間の尻に目掛けて振り下ろす為に鞭を振り上げる。
「一人逃げ出したぞ!」
別の部下が声を上げる。
見ると、短髪の女が走って行くのが見えた。
浄化の実行は部下に続けさせておき、自分は二人の部下を連れて追跡を開始する。
民家の並ぶ集落エリアをすばしこく走り抜ける女。
その後を三人で空を低空飛行で追尾する。
女は右へ左へ方向を変えるが、こちらは空を飛んでいるので何の苦も無く追い付ける。
まあ何だ、事前に部下には「逃げたら適当に泳がせて疲れた所を捕獲しろ」
とは言ってある。その方が捕まえる時の抵抗が少ないので、手間が少なくて済む。
暫く走り続けると、肉体の体力は子供のものなので疲弊して動けなく成った。
そこへ三方から部下と共に降下する。
「何か言い訳は有るか?」
女・・・見た目は子供だが・・・が開口一番怒鳴りだした。
「俺はフェミニスト様だぞ!尻を叩くのはDVだし、体罰だし、暴力だし、虐待だぞ!
お前らにはヒトラー閣下の復讐があるぞ!恐ろしい復讐がな!
お前ら全員アウシュビッツに入れられて、ガス室で殺されるぞ!
ガハハハハハハッ!」
「・・・ヒトラーとは何だ?」
「ハッ、無法の世界において、大量虐殺を行った男で、サタンの力を借りて
かなりの権力を握り、国家掌握に達した男です。無法の世界の最終盤において、
フェミニストと呼ばれる女権主義者によって、かなり大々的に崇拝されており、
白人至上主義、差別主義と密接に関係しており、フェミニストの思想は
ヒトラー無しには成り立たない程に影響を与えていた模様です。」
「うむ。聞いただけでゴミの様な男だな。」
「また、フェミニストは無法の世界において皇子を率先して苦しめていた存在です。
そして狭間の世界においては、皇子と対峙した因子の一体はヒトラーでした。」
「皇子、どっちの皇子だ?」
「ハッ、闇を司る皇子、救いの子の方の事です。」
ああ、そうか。確かに言われてみれば、あの時期に地上に降りたのそっちの皇子だけだ。
狭間の世界と言う名を命名したのも、闇の皇子だった筈だ。
「成る程な。ではこの女も闇の皇子と敵対して居た、フェミニストの一人という事か。」
「ハッ、その様で。」
「ふむ。おい、人間の女。お前達人間は確かにもう一度、命の機会を与えられて
人生をやり直せるが、それは再教育をきちんと最終工程まで受けるという前提での話だ。
闇の皇子を殺したお前達人間は、既に四つ目の罪まで犯して居る。
それによって、既に通常の尻叩きで罪を浄化出来る段階は越えており、
鞭で尻を毎朝50発打たなければ成らない。これによって、どうにか浄化は可能だろう。
それは命をもう一度与えられたお前達人間の義務であり、拒絶する事は許されない。
安心しろ。以前と違い、お前達人間の肉体はかなり完全に近い状態に作り変えられている。
尻を鞭で数十発叩いただけでは、皮が剥ける事も無く、尻頬が赤く成るだけだ。
それだけ体が丈夫に成っている。但し痛覚は同じなので、
痛みは以前と同じレベルで感じるがな。」
「そんなの認められるかッ!虐待だぞ、虐待!」
「それは人間が決める事では無い。正しいかどうかは神が決める事だ。
お前達は一時的に同じ人間を統治していたが、一度として完全な統治が行えたか?
どの国も絶対に綻びが出て、必ず崩壊したであろう?
つまり人間には統治する能力など無いのだ。
そして、その時その時で曖昧な価値観で善悪を決め始め、
無実の人間に罪を着せて虐げ、悪人扱いしていた。
お前達人間は、もっと高位の存在に導かれる為に存在して居る。
だから人間同士では上手く行かなく成ってしまうのだ。
そして、今行っている浄化もまた、神が正しいとした教育である。
それを拒絶するのならば、最早人として生きて行く必要の無い個体という事だ。」
私は目配せで部下に合図する。
そして。腰の鞘から剣を抜いた。
霊剣だ。「霊属性の剣」という意味だが、これは有機物と無機物両方の物理破壊と、
人間が目視で存在を認識出来無い存在・・・例えば天使とか悪魔とかも殺傷可能な剣、
という代物だ。我々は当然ながら、地上へ派遣された時点で
一人一本の霊剣を携行して居る。
霊剣より遥かに上位の武器に神剣があるが、神剣は我々の様な低位の存在では使えない。
もっと遥かに高位の存在、光の皇子や闇の皇子でなければ扱えない代物である。
「お前に永遠の死を与える!」
正面から斬撃を浴びせる。
部下二人が剣を抜いたのは、念の為である。咄嗟に逃げられても面倒だからだ。
そもそも三方向から斬るならば、それぞれ別々の部位を斬らない限り、
剣と剣とが宙でぶつかり合ってしまい、まともに斬れない。
「あ゛・・・あ゛・・・あれ?私どう成って・・・。」
女の体が消滅した。
「魂の死亡を確認しました!」
部下が人間のリストから確認して声を発する。
そう、これが霊剣の最大の特徴かもしれない。
肉体だけで無く、魂の破壊が可能なのだ。
つまり、霊剣で斬られると、人間は魂が死ぬ。
これは二度と命を与えられない、という事を意味している。
後は、余程人々の記憶に残っている者で無い限り、存在を忘れられるだけである。
消滅寸前に一人称が「私」に戻ったのは、急速にそれまでの記憶が失われた為だ。
魂が死ぬ程のダメージを受けるのだ、蓄積された記憶データも無事では済まない。
まあ、何だ。
除外された個体に思いを馳せても仕方無い。
これから人間はまだまだ、色々な時代の者が再度機会を与えられる為に、
この統治の世界に現れるのだ。
そんな事を考えて居る内にも、ほら・・・。
眼の前で新しい人間が、子供の姿で現れる。
一糸纏わぬ姿の女は、状況を掴めずキョロキョロと周りを見回す。
「ここは、何処、なの・・・?」
「ここは統治の世界。お前は再び命を与えられ、生きる機会を得た。
しかし、何の苦労も無く新しい人生を始められる訳では無い。
これからお前には、浄化の義務が与えられる。
それを見事乗り越えた時、お前に本当の意味での新しい道が開かれるであろう。」
統治の世界は、始まったばかりだ。

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