さよならの向こう側で

その日、一人の男が死んだ。
男の体からは血がドクドクと流れ、
もうほんの数秒で息絶えるのは明らかであった。

男は死ぬ前に、こう言った。
「これでやっと死ねる」
と。

「子供を叩けとか、意味不明な事言いやがって。
だからこんな目に遭うんだ。」
「人間の出来損ないが。
ガイジアスペ野郎には御似合いの最後だぜ。」
「エホバに逆らいやがって。背教者が。
何がキンエーヘイだよ。」

きっと男だ。
犯人は男に違いない。
それも凶悪な日本人の男である。
この時代、悪い人間は全て男であると信じられており、
また、日本人は極悪な性格をしていると、
日本国という国では信じられていた。

不思議な声が聴こえる。
「・・・死に給うた・・・死に給うた・・・
おうじが・・・死に給うた・・・。」
殺した犯人達の周りには、
一つ目の男達が立って居て、
背中には翼が生えていた。
それが百か、千か、万は居た。
何かに向けて、合掌しているのだった。

いや、居ない。
きっと気のせいである。
犯人達の周りには誰も居なかった。
世界で一番の悪者
「障害者」を倒したのである。
血の付いた出刃包丁を持って、
勇敢な戦士達は外へ出た。


その時、中年の女が運転する車が差し掛かった。
古ぼけた民家から、三人の幼い少女が現れる。
小学校三年生位の女の子達であった。
「何でこんな所で、血の付いた出刃包丁なんか持って、
ウロウロしてるんだろ・・・。」
女性は首を傾げたが、さして気にも留めず
その場から走り去った。

それは、生前の彼を馬鹿にしていた、
尻を叩かれていなかったエホバの証人の二世の少女達の
娘達であった。

時代は「子供を叩く事を悪」とし、
全ての国家で
「愛の鞭ゼロキャンペーン」なる不可思議な運動が
行われていた。
子供は天皇陛下よりも尊い存在で、
どんな悪事を働いても許された。
そしてそんな子供達に障害者は差別され続けており、
そんな状況を大喜びで迎える教育評論家。

子供の尻を叩く事は、
人を殺すよりも重罪である。

国会では
「障害者は子供を襲う危険な存在」
として、
障害者を殺す事を合法化する法案が
可決されようとしていた。
この法案は、偉大な功績を残した
世界中の子供達の英雄の名前をとって
こう名付けられた。


『植松聖法(うえまつさとしほう)』


この時代の子供は皆、
尻を叩かれなく成って、
みんな、この英雄が
大好きだった。

その上で、あの重度アスペルガーの男が死んだ
という嬉しいニュースである。
これを喜ばずに、居られるものか。

「バンザーイ!バンザーイ!
アドルフ・ヒトラー、バンザーイ!
これで子供が絶対に尻を叩かれない、
平和な世界に成るぞー!」

世の中は、おかしな鉤十字のマークを付けた人達が、
街中を歩き始めていました。


人は、彼の事をこう言いました。
「この男はキチガイだね。
だって障害者だよ?頭がまともな訳が無い。」
「近衛兵の子孫とか言ってるけどさ、
証拠なんて無いじゃん。
どうせ、ネットで威張りたくて、
デマカセ言ってるんだよ。」
「大体さ、子供の尻を丸出しに叩けっておかしくね?
絶対子供を強姦する目的だろ、コイツ。
だってアスペガイジだぜ。
子供を襲うに決まってるよ!」

しかし、後に興信所を使って調べた者によると、
確かに茨城県南部に存在する民家に、
彼の血筋を示す家系図が残っており、
彼は正真正銘の近衛兵の子孫だったのである。
しかし。
人間とは、世の中とは、
そんなものはどうでも良いのだ。

「近衛兵・・・キンエーヘイかと思った。
それってさ、天皇陛下より下なんでしょ?
じゃ、どうでもいい雑魚じゃん。
大体ガイジの癖に、人間みたいな顔して
生きてるんじゃねえよ、ゴミカス野郎。
あ?死んだっけ。なら清々したわ。」

あの三島由紀夫ですら成れなかった近衛兵を
「雑魚」呼ばわりとは。
誠に大層立派な国民であらせられますな。
この時代は御皇族と言えど、
単なるゴシップに消化されるネタでしか無く、
そんなに他人を批判出来る程の
高き存在だったとは・・・
聖人君子たる国民閣下に敬礼!
御次は軍国主義へと邁進するのですかな?

閑話休題。

「ほらやっぱり私の言った通りだったでしょ?
あの障害者の男は間違っていたのよ。
子供は叩いちゃ駄目。ナチスに成ってもいいじゃない。
ヒトラーに成りたかったら、子供の自由意志に任せて
成らせてあげればいいのよ。
それを認めないから、あの男は死んだの。
うふふ。僕思うんだけどね、やっぱり天罰だと思うの。
アスペみたいな頭がクルクルパーのキチガイはね、
殺すしか無いのよ。ヒトラーはそれをやってくれた
世界で一番良い人じゃない。
それを理解出来無いから、
あの近衛兵の子孫の男は死んだのね。
障害者は生まれた時から悪人なの。死んで当然よ。」

H大学の特任教授にして、教育評論家の男は、
人が死んだ事を嬉しそうに語った。

「障害者は憎んじゃ駄目よー。
お前達が死ぬのは当然の事。
セーブ・ザ・チルドレンに聞いて御覧なさい。
ナチスが正しかったって言うから。」

都合の悪い人間さえ居なく成れば、
人間は本音をポロリと口にする。
それでも、この言葉が電波に乗らないのだから、
皆この教育評論家を聖人と讃え続けるのだった。

「人のせいにするな!
悪いのは全て障害者だ!
人のせいにするな!」
鉤十字のTシャツを着た子供達が、
街の大通りを行進する。

それに連なって、
白人の宗教である
エホバの証人の信者達も
行進を始める。
後ろからはセーブ・ザ・チルドレン。

「障害者が死んだぞ!ヤッホー!」

人間を人間と思わない、
とても白人らしい振る舞いだった。

「僕達の計画は大成功です!
少しずつ少しずつあのアスペ男を追い詰めて行く、
そんな計画でしたが・・・
いやあ!スッパリ死んでくれるとはね!
願ったり叶ったりですよ!」
「憎しみは連鎖するから、憎んじゃ駄目だよ―。
障害者は感謝して死になさい。あははー!」

日教組のみんなも嬉しそう。
売国した後は気分スッキリ、愉しいパレードですね。

マンションの一室。
ドアを叩く音。
扉を開けると、そこには目が一つしか付いていない
背の高い男が立って居た。

「貴方はエホバの証人ですか?」
「いいえ。違いますけど・・・。」
「では障害者を馬鹿にした事はありますか?」
「はい。でもそれって普通でしょ」

次の瞬間、男の胴体から上の接続が無く成って居た。
血塗れの頭だけがコロンと落ちた。

「土に還りなさい・・・
土に還りなさい・・・土に還りなさい・・・。」

空の上に、大きな黒い星が浮かんで居た。
しかし、誰も気にしてはいない。
いつもと同じ平和世界が続くと、
みんな信じて居る。
さあ、今日も楽しく障害者を馬鹿にするぞ、と
尻を叩かれていない子供達がはしゃいで居る。

それは、どうでも良い物の一つであった。
障害者を殺す事は、物を壊す事と同じで
どうでも良い事の一つであった。
テレビも気にしていない。
やあ、愉快じゃないか。
ヒトラーと同じ事をしても許されるなんて、

やあ、愉快じゃないか。
こんな小さな命なんてどうでも良い。
沢山の偉大な子供という存在の前では、
近衛兵の子孫の男なんていう障害者の命なんか、
どうでも良い。
やあ、愉快じゃないか。と、お前は言った。

黒い星の下に、
沢山の人の様な形をした何かが浮いて居る。
なあに、気にする事は無い。
北朝鮮のミサイルの様な者だ。

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