狭間の世界4

「統治の世界に成ったら、全ての病と障害が無く成るんですよね。」
「そうだね。でも、それらで苦しむ人々を馬鹿にしていた罪は消えないけどね。」
「因果応報の理、ですね。」
「だね。それは世界がどれだけ変わっても、
世界が構築された時から何も変わっていないから。
エホバの証人は死に、病身舞を愛した者は苦しみ、ナチスを信じた者は
永劫の罪を背負う。それは遥か昔から決まっていた事だし、
にも関わらず人間はそれを行っていた。
勿論、悔い改める可能性もあるかもしれないけれど・・・まあ、ほぼ無理だろうね。
麻薬と同じなんだよ。一度やったらやめられない。
障害者差別をしている子供達も、尻を叩かなかった時点で助からない。
これも昔から決まっていた事なんだ。
なのに、尻を叩かなかった。」
「子供を死なせたい人間達が、無法の時代には溢れましたからね。
子供を死なせたいからこそ「我々は子供の味方だ」と名乗って、
子供も大人も信じ込ませようとしていた。」
「まあ、でも助かるかもしれないし。とてもとても低い可能性だけど。
だからおしりぺんぺんしようね、って言ったのにね。
わざわざ子供が何十倍も何百倍も苦しむ道を歩ませようとするんだもの。
呆れるね。でも、人間の浅知恵が正しいって、信じてたんでしょ。
だったら、本望だと思うよ。
エホバの証人に関しても、一時的に延命出来たじゃない。
良かったじゃない。お前らが大好きな楽園だよ。
ただ、子供の時代に戻って、毎日懲らしめの鞭を丸出しの尻に貰う、
真実の真実の真実のパラダイスだがな。
頑張れば助かるよ。でも、頑張らないと助からないよ。」
「人間の個体は数が多くても、反抗的で思慮が浅い個体が多いから、
かなりの数が弾かれると思いますけれどね。」
「あんまりそういう他人事みたいな言い方をしないでよ。
ボク達だって、ついこの間までその中の一つだと思わされて来た一人なんだし。」
「すみません、軽率でした。」
「いや、いいよ。でも反抗的なのは確かだよね。
一度目の罪は神への反逆、二度目の罪はキリストへの反逆、
三度目の罪はボクへの反逆、そして四度目の罪はボクを殺した事。
凄いね、人間の歴史は裏切りの歴史だと、つくづくそう思うよ。
荒野で飢えて居た時、天からマナを降らせたのに
「神は卑しい食べ物を与えた」とか、文句言ってやがったしね。
なら、餓死にすれば良かっただろ。不満ばっかり言いやがって。」
等とグチグチと文句を並べて居ると、タナトスが漆黒の馬に乗って
告げに来た。
「第二波、まもなく到達します。御準備を。」
「ああ、ありがと。」
また茶番の続きか。


それは海から這って出て来た。
人間の男の顔をした、真っ黒い甲虫の姿をしていた。
そう、これはゴキブリという生き物に似て居た。
しかし陸に上がると、「進化したわよ―!」と奇怪な叫びを放ち、
その場で脱皮した。物凄い速さである。
そして殻を脱いだ後から現れたのは、蛾であった。
「子供は叩いちゃダメよー!」
と、あの忌まわしい文言を叫びながら、ビルの壁面スレスレを急上昇し、
地上からの攻撃の届かない位置で、動きを止めた。
安全圏に移動したつもりなのだろう。
「因子です、始末してください。」
タナトスが告げる。
「タナトスは殺ってくれないの?」
「皇子で無ければ殺せませんので。」
「だろうね。だと思った。」
ダメ元で聞いたが、まあそうだろう。
で無ければ、わざわざ使い切りの剣をいちいち空中投下したりしない。
さっきフェミ大蛇を斬った剣はもうただの鈍ら(ナマクら)だし、
やっぱりどうにか間合いを詰めて、始末するしか無いか。
「フェッシーは今能力使える?」
「はい、まだおしり熱いので行使可能です。」
「ごめんね、制限使用のままで。」
「いえ、大丈夫です。この世界が終わったら制限開放されると思いますので。
それに私、おしりぺんぺんされるの好きですし。」
あっけらかんとそんな事を言い放つ。
聡明な娘だと思う。
「ありがと。じゃ、御願いしていい?」
「はい!喜んで♪」

「翼よ生えろ。」
そうフェッシーが言って右手を水平に広げると、
フェッシーの背中から一対の紅い翼が生えた。
「これで揚力がかなり上がったので、
皇子一人位、余裕で持ち上げて飛べる筈です。」
「ありがと。じゃあ、あの因子の所まで御願い。」
「御安い御用で!」
フェッシーに両手で抱えて貰って、一気に空中を上昇する。

あの男の正面に出た。
「子供のおしりを叩くのは虐待なのよ―。
でも強姦するのは叩いていないから虐待じゃないのよ―!
うふふふふふふ!」
不気味な咲いを放つ男。
蛾の尾は蠍の尻尾の様に成っており、それをこちらに向けて刺そうと突き出して来る。
しかし空中でそれをする様には、蠍という生き物の構造は出来ていない。
よって、全くこちらへと命中しそうな気配は無い。
児戯に付き合って居る暇は無い。
「皇子、これを御使い下さい。」
件の背中に白い羽が一対生えた、白い装束男が天から降りて来て、
例によって白い光を煌々と放つ剣を手渡して来る。
さっさと始末しろ、と言いたいらしい。
是非も無くそうする。
この本来は地上に存在しない、見苦しい生き物をこれ以上生かしておいてはいけない。
しかし蛾は突如として、尾の部分から背骨が体を突き破って真っ直ぐ伸長され、
リーチが長く成った蠍の尾を使って一撃をこちらに放つと、そのまま急上昇を始めた。
虫の癖に、骨まで有るとは生意気な。
「英語を習わせなさい!これからはグローバルな時代なのよ!」
特に意味の無い言葉を蛾はのたまう。所詮は虫の鳴き声に過ぎない。
「大丈夫?」
「回避に成功しました。問題ありません。」
フェッシーが器用に避けてくれて良かった。
あの気色悪い蛾の一撃をモロに喰らう所だった。
「そいつを捕まえて!」
ボクがそう叫ぶと、空中に無数の黒い手が現れて、蛾の体を拘束した。
「やめなさい!僕はね、大学の教授なのよ!
テレビのレギュラーだって持ってるんだからね!
僕の一言でお前を犯罪者にも出来るのよ!」
「やってみたら?人間の浅知恵で作った法律が、
世界を構築している理を超えられると言うのなら、
やってみろよ。」
阿呆らしい・・・蟲と会話してどうするんだ、ボクは。
自分の馬鹿さ加減が嫌に成って来る。
拘束されている蛾に目掛けて光剣を振るう。
蛾の頭頂部から一気に尾まで切り裂いて、男の体を縦に一刀両断する。
また、あからさまに返り血を浴びてしまう。
相変わらず、嫌な臭いだ。


地上に降りると、空は夕暮れであった。
13月2日の夜が来ようとしていた。

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