見下していた明日2

その日の朝、浄化が終わると近くの空き地に烏の大群が集まっていた。
私が近付くと烏が飛び去って行き、真っ黒い塊の中に
一人の少女がしゃがみ込んで居るのが分かった。
「おはよう、そして始めまして天使さん。私は闇の皇子の使いで参りました。」
烏の黒が大方抜けた頃、年の頃11歳位に見える少女は立ち上がり、
こちらに挨拶をした。
「皇子の使い?」
「はい。近日中に皇子が地上へ降りて来られます。目的は視察です。
今回の私の役目は、その事前の下見です。」
少女は灰色の裾の広いミニスカートとパーカーを着込んでおり、背中には真っ黒いマントを
身に着けて居た。そして足には緑のスニーカーと白いソックスを履いて居た。
「申し遅れました。私はアクタ(芥)、フェッシーと同じ
ワイズマンと言えば分かり易いかしら?」
「すまないがフェッシーとは誰だ?事務仕事ばかりやっていたせいで、
そういった最近の情勢に関する事には疎いんだ。」
「無法の世界の最終盤に地上に降りた、闇の軍勢の一人ですわ。
その後、狭間の世界において闇の皇子と行動を共にしていた一人です。」
「成る程、闇の皇子の側近の者か。」
「私は無法の世界の最終盤、即ち13月1日にフェッシーとは別の場所で
作戦を遂行していたのです。」
「ではワイズマンとは?」
「闇の王子が命名なさった言葉です。今後、人間は大人の体に成るか、
それとも子供の体のままで居るか、選択性に成ります。
その時に、子供の体のままで居る者の事を本物の子供と判別する為に、
ワイズマンと呼ぶ事にしたのです。人間のワイズマンは服の肩か二の腕の部分に
青いリボンを付ける事で、見た目上の判別を可能にします。
但し、これは私の様な人間では無い者には該当しません。
そして、私やフェッシーは、既に最初から子供の体のまま
闇の軍勢に参加しておりますので、今の時点でもワイズマンと言う訳です。」
「ふむ、そうか。」
しかし、この女は先程から薄ら笑いを浮かべて居る様な気がするのだが・・・。
「気にしないで下さい。ただの癖ですから。」
こちらの視線を感じたらしく、彼女はそう答えた。
「そうか。」
とだけ私は応えた。

アクタと近辺を歩く。
皇子が視察するのは、私が担当するエリアでは大した箇所は行かないらしく、
その辺の民家とか教育現場、浄化の様子位しか見ないらしい。
「現在、地球全体での人間の人口は、30億前後で推移する様に設定されている。
無法の世界の最終盤における人口が75億強だった事を考えると、
このレベルの人口であれば充分に各人間に土地と民家を分配可能だからだ。
現在は浄化が始まったばかりという事もあり、かなりの人間が淘汰されているから、
この調子なら、無法の世界全体で誕生した人間の大半は淘汰され、
大人の体を選択する頃には、一人当たりに充分な土地が分配可能だろう。」
「その頃には、人間も農業を開始して自給自足出来そうですわね。」
「ああ。現在の人間は皆幼生体だから、各家庭へのマナの供給で食料を賄っている。
毎朝必要量を降らせて、次の日への持ち越しが不可能な点は昔の物と同じだな。」
「パンケーキの味がするらしいですね。」
「意外と飽きは来ないらしいな。次に教育機関に関してだが、
知っていると思うが、闇の皇子が指導者層を育成する為の組織『ヤコブの家』を
作る前に人間に殺害されてしまった為、人間の指導可能な人員が現状存在しない。
なので、学校機関を設立可能に成るまでの繋ぎで、現在は我々の方から
各家庭へ人員を派遣して教育を行っている。」
「あら大変。」
「出来れば、そちらからも少し人員を回して欲しいんだが。
余りにも人手が足りない。」
「無理です。こちらも各地で居住可能なエリアを拡げる為に、
開拓作業の真っ最中ですので。それに砂漠地帯の緑化とか、
電気上下水道にガスといった設備の復旧と、配管の敷設、
後、人間が後々往来し易い様に、道路も再整備しませんと。
回せる人員なんかありませんわ。」
「そうか・・・そうだよな。」
何処も手一杯という訳だ。これはもう納得するしか無い。
「現状は地域ごとに井戸を掘ってあるから、それで何とか飲み水は確保出来ている。
問題は冷暖房か・・・発電設備が使えれば、後は廉価な家電配給で
どうにか成りそうだが。」
「その廉価な家電はどうするんですか?
生産する工場も無ければ、生産する人員も無い。
そもそも原材料と成る金属を何処から供給するのか、という時点から考えませんと。」
「うむ、そうだな・・・。」
頭の痛い事ばかりだ。
「でも、無法の世界の頃に比べて、季節ごとの気温の変化は穏やかなのでしょう?
でしたら、取り敢えず暖房だけでも良いのでは?
民家には簡易の暖房設備は無いんですか?」
「暖炉とか石炭ストーブはあるな。」
「なら、開拓した地域から木材関係を運ばせましょう。
ただ、それだけでは足りないので、石炭を供給させましょう。
人が住んでいる地域から離れた場所に多くの採掘場はありますので、
設備が破損している事は少ない筈。無法の世界の終盤においては、
石炭は旧時代の燃料として見向きもされなく成っていたので、
地下埋蔵量は余剰分がかなり大きい筈です。
設備を使える人員は何とかこちらで割きましょう。」
「ありがとう、助かる。」
「いえいえ。」
「最後に成るが、浄化の方については問題無い。
毎朝、人間の尻を剥き出しにさせ、尻頬を50発鞭で叩く。
これを繰り返している。逃げ出す者は除外対象にしている。」
「魂の殺戮ですわね。分かりましたわ、問題ありませんね。」
アクタは今まで話した事を書き留め終わると、私に告げた。
「では、この事は視察当日には話す必要はありません。
今報告なさった内容は、私の方から皇子に伝えておきますので。」
「分かった、感謝する。」

そんな会話をしていた時だった。
曲がり角の茂みから数人の人間が現れて、
一斉にこちら目掛けて石を投げ付けて来る。
「反射壁。」
アクタが右手人差し指を斜めにスッと動かすと、眼前に透明な壁が生成され、
全ての石を跳ね返し、石は全部地面に落ちた。
「やっぱりコイツ化け物だ!」
「俺達は化け物に屈しないぞ!」
「何が天使だ!人間様は神なんかよりも遥かに偉いんだからな!」
石を投げて来た人間達は、口々に罵倒の言葉を吐く。
こちらがどれだけ苦労して、お前達を生かしてやってるかも知らないで・・・。
が、突如アクタがケタケタと笑い出した。
「人間って面白いよね!自分達が如何に愚かなのか理解しようともしない癖に、
人間以外は最初から愚かだと決め付けている。
アタシは知ってるよ?アンタ達は全員無法の世界の終わりに居た、
「子供の尻を叩くな」って騒いでいた連中、セーブ・ザ・チルドレンの人間。
それも、子供を性的虐待していた、ゴミクズ共だろ。
ヒヒッ!生きている価値も無い癖に、生かして貰ったら文句ばかり言うなんて、
どれだけ浅ましいんだろうね、お前達は!ヒヒヒヒヒヒヒ!」
闇の軍勢に所属している者達は、元々人間だった者達だ。
つまり、この女も何らかの悲惨な目に遭っている訳で・・・。
だからこそアクタは、闇の軍勢に参加しているのだろう。
「申し訳ありません!少し目を離した途端、急に居なく成ってしまって!」
部下の者二人が、慌ててこちらへと走って来た。
二人に今あった事を話す。
「分かりました。ではこの場でこの者達は処分する事に」
「必要無い。」
「はい・・・?」
「この者達には引き続き、鞭による教育を与えよ。
特に今の様な悪さを働いた時には、厳しい仕置きを与える様に。
これは闇の皇子も望んでおられる事。
出来るだけ延命させて、尻叩きが本当の悪に効果を発揮するか調べよ、との事。
それで無くとも尻叩きに関しては今後も大量のデータサンプルが必要なので、
出来るだけ尻叩きで済ませて下さい。
子供の教育に関しては闇の皇子の専門分野なので、
かなりの権限が与えられていますので。」
「しかし、我々の管轄内で指示をされるのは・・・。」
「お前は何か勘違いしている様だな、天使よ。
私はフェッシーの奴と同じで、闇の軍勢の中では上位幹部に相当する立場だ。
地区管理担当の立場でしか無いお前よりも、遥かに権限が大きい。
そもそも、そうで無ければこうして皇子に直接命令を受けて、
事前に下調べをする事も無い。それ位分かって欲しいものだな。」
「はい!了解致しました!」
「分かれば良い。私が敬語を使っていたのは、任務を円滑に進める為だ。
お前よりも立場が下だからでは無い。そこは覚えておけ。」
「ハッ!」
うーむ・・・闇の軍勢の組織内の権限は把握していなかったな。
肝心な所で抜けた事をしていた様だ。

「それでは私は皇子へ報告する為、帰還します。
後日追って視察日が通達されますので、
それまでに御迎えする用意をしておいて下さい。それではまた。」
アクタはそう言うと、天へと昇って行った。

「・・・今日は何だかどっと疲れたな。」
「まあこんな日もありますよ。」
部下の前で愚痴ってもしょうが無いのは分かっているが・・・
今回ばかりは、まあ良いとしよう。

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