甲斐拓也・千賀滉大に見る「成功確率1%」を最初の1回に持ってくる思考法 お股ニキ(@omatacom)の野球批評「今週この一戦」 2019/07/02

◆ソフトバンクと巨人のセ・パ頂上決戦


ソフトバンクの2年ぶり8度目の優勝で幕を下ろした今年の交流戦。

今年私が最も期待していて、お化けフォークとカットボール、スラッターという個人的に好みなだけでなく実用性も高く、圧倒的な投球を見せる千賀滉大。ダルビッシュの勧めもあり、拙著「#お股本」読者となってくださったという奇跡的な縁もあり、ソフトバンクの試合を見る機会が多くなった。

今季のソフトバンクは柳田悠岐、中村晃、上林誠知、石川柊太、東浜巨、岩嵜翔、デニス・サファテらを筆頭に、主力に多くの故障者が発生。好調の今宮健太も故障で離脱するなど、万全の状態とは程遠い。

それでも交流戦優勝に輝いたソフトバンクの強さの秘密と、千賀と甲斐拓也という育成出身の黄金バッテリーから学ぶべき思考法を取り上げたい。

交流戦の上位対決となったソフトバンク対巨人の最終シリーズ。シリーズで勝ち越したチームが交流戦優勝。セ・パ両リーグの首位対決でもあり、まさに「頂上対決」となった。

千賀が先発した初戦。序盤から制球に苦しみ本調子とは言えない千賀から、阿部慎之介がタイムリーヒットを放ち先制。

そして丸佳浩が、千賀のカーブを得意の「ためて左中間スタンドに運ぶ」打ち方でソロホームランにする(丸は絶好調で、この日は結局千賀を3安打と打ち砕いた)。千賀は前の打席で丸にストレートを打たれていたことからカーブを選択したが、裏目に出てしまった。

試合はそのまま進み、巨人が2点リードで迎えた6回表に山場が訪れる。

疲れの見え始めた巨人の先発メルセデスのスライダーを、上林が独特の泳ぎかけながら引っ掛けて打ち上げる打ち方でソロホームランを放ち反撃の狼煙を上げると、2アウトながら満塁のチャンスを迎え甲斐拓也が打席に入る。

メルセデスから交代した宮國は苦しい場面で置きに行くような投球が目立ち、球威が不足していたことから、打撃好調の甲斐はカウントを取りに来るボールをヒッティングしていけば良いと私は感じていた。

だが、ここで甲斐が意表を突いたセーフティスクイズを敢行。サードの岡本は無警戒で後ろを守っていた。これを見抜いた甲斐はセーフティスクイズを虎視眈々と狙っていたのだという。ベンチも岡本の守備を見て、チャンスがあれば狙っていけと指示を出していたとのことだが、サインではなく最後は自分の判断で決めたそうである。


◆ついに出た「ケチャップ」


主力打者を欠き、一発は出るものの低打率に苦しみ、繋がりを欠いていたソフトバンク打線。それまでチームとして満塁で28打席連続ノーヒットという長いトンネルに入っていたが、甲斐がヘッドスライディングで1塁を駆け抜けてついに抜け出した。

続く代打の今期絶好調のユーティリティープレーヤー福田秀平が、宮國から代わった元ソフトバンクの森福允彦の甘いスライダーを引っ張ると、ライトへの特大満塁ホームランとなり勝負は決した。

負け試合の展開を逆転したことから、続く打席に入る千賀は勝利を確信しガッツポーズを作りながら打席に向かった。心理的にも余裕や勢いが出た千賀は調子を取り戻し、続く6回を抑え132球11奪三振の熱投で今季7勝目をあげた。


サッカーでも高い決定力を持つストライカーが不調に陥り、決定機を不意にし続けてしまいゴールが決まらなくなることがよくある。これには当然技術的、フィジカル的な問題もあるだろうが、それだけでなく心理的な側面もあると思われる。

レアル・マドリードに移籍して得点不足に悩むゴンサロ・イグアインに伝説的ストライカー、元オランダ代表のルート・ファン・ニステルローイが助言したとされる「ゴールはケチャップのようなもの。出ない時は出ないけど、出る時はドバドバ出る」という名言がある。

ノーゴールの呪縛に苦しむストライカーが何らかのきっかけで一旦得点を決めると精神的にも開放され、本来の得点能力を取り戻しゴールを量産することがままあるが、ソフトバンクの満塁での無安打記録もこれに近い。

この呪縛を打ち破ったのが甲斐の意表を突いた2アウト満塁からのセーフティスクイズであり、その後「ドバドバと」福田の満塁ホームランが出た訳である。かつて日本シリーズでは「森福の11球」で知られるノーアウト満塁を抑えた同期入団の森福を、福田が打ち砕いたのも因縁めいている。ひょっとすると、ソフトバンクにとっては甲斐のスクイズから福田の満塁ホームランという場面が今期を振り返った時のターニングポイントとなるかもしれない。

エースキラー福田は続く交流戦最終戦でも菅野から先頭打者ホームランを放つなど活躍した。ベテランの明石や松田らの働きも素晴らしい。

◆成功確率が低いからこそ成功することもある


ところで、スクイズの成功率は約48%なのだという。ボールを転がすことができればその成功率は約80%にまで達するそうだが、プレッシャーもかかるので簡単ではない。2アウト満塁からセーフティスクイズという発想はそう簡単には出てこないし、データ的には成功率も高いものではないだろう。しかし一方で、このように誰もが無警戒だから意表を突くことができれば成功確率はあがる。

ある意味においては、最も成功確率が低いからこそ最も成功確率が高い、と甲斐が判断したとも言える。野球に限らないが、こうした「裏をかく」思考法は不可欠であり、ただ統計的な確率だけでバントやスクイズは効果が低いと見なせばよい、という単純な話ではないのだ。

「#お股本」でも紹介した2004年プレーオフでのデーブ・ロバーツの「ザ・スティール」然り、成功確率は高くないものの、それを成功させることによりその後の命運すら変わるプレーは存在する。

もちろん失敗すれば「無謀な挑戦」と判断されるし、成功した後から語られる結果論、後知恵バイアスであると評価されがちではある。とはいえ、こうした成功確率は高くないものの、その僅かな可能性をここぞの場面で成功させるための思考法は、より確率の高い選択をし続けることが求められる勝負事における重要な要素である。

育成契約から日本最高のバッテリーに上り詰めた甲斐拓也と千賀滉大。

千賀は愛知の県立蒲郡高校出身で甲子園にも縁がなく、その球速や体の柔軟性といった素質に目をつけた地元のスポーツ店主がソフトバンクのスカウトに推薦し、育成4位で入団が決まったそうである。

支度金と年俸200万円からの厳しいスタートではあったが、無名で大学に進学してもプロ野球選手になれるかどうかわからない。たとえ育成でも球団に入ってしまえばその後の努力次第ではプロ野球選手になれると判断し、わずかな可能性に賭けて努力を積み重ね今や日本一のピッチャー、もはや「世界の千賀」とも言えるレベルに上り詰めた千賀の姿は、人生という試合で「1%」をつかみにいったように見える。

誰もが知っているが、プロ野球の世界は厳しい。ドラフトで通常指名された選手でさえ、多くは花開くことなく消えていく。育成契約ともなれば成功する確率は更に下がるだろう。その中で生き抜いて最高のバッテリーとなった甲斐拓也と千賀滉大には、特別なメンタリティが備わっていると言える。単純に、この2人の顔つきや覚悟からは並大抵ではないものを感じるのである。

100回の内に1回しか起こらない成功を最初の1回目に持ってきた甲斐と千賀に、大いに学ばせてもらった。今後もこの2人からは目が離せない。

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