お股ニキが総括する2019年の日米ポストシーズン お股ニキ(@omatacom)の野球批評「今週この一戦」2019/11/26

日米ともに1ヶ月に渡るポストシーズンが幕を下ろした。
NPBでは福岡ソフトバンクホークスが2年連続でシーズン2位からの下剋上を果たし、3年連続日本一。MLBではワシントン・ナショナルズが、圧倒的な滑らかさを誇る王者アストロズに対して4勝全てをアウェーであげ、球団史上初の世界一に輝いた。
そんなポストシーズンをいくつかのキーワードと切り口から振り返っていきたい。


■日米とも最後は「神スラット」


私がしつこすぎるくらい強調している、縦のカットボールとも縦の高速スライダーとも言える「スラッター」。ポストシーズンにも残るようなチームの投手陣はこのボールをほとんどがデフォルトで搭載していた。

日本ではソフトバンクのクローザー森唯斗が143キロのカットボールで坂本勇人を三振。メジャーでは私と侑ちゃん(@dadainu123)が絶賛するアストロズの「バランサー」型コンタクトヒッターのマイケル・ブラントリーが膝下への88マイル、「バックフット」スラッターで空振り三振。日米ともにスラッターが長いシーズンを締めくくる1球となった。このボールの有効性やもはや言うまでもなく、見て感じてもらう他ないだろう。

森唯斗の143キロのカットボールで日本シリーズがゲームセット

ハドソンの88マイルの最適バランス「神スラット」でワールドシリーズがゲームセット


■千賀の「真のエース」としての投球


日本シリーズを振り返ると、ソフトバンクのエース千賀滉大が「お化けフォーク」の調子こそ悪かったものの、全106球中31球を投じたカットボールを中心とした配球で、ただ抑えるだけではなく、坂本や丸のインコースを執拗に攻めシリーズ全体に影響を与える「真のエース」の投球を果たした。

3対1で迎えた7回表2アウト2,3塁のピンチでも、代打の重信慎之介をインコースのスラットで攻めて最後は見逃し三振を奪い、ピンチを切り抜けた。ストレートに意識を持ちつつフォークをケアしていたであろう重信にとって、その間のスピードと変化であるスラットが来ては、お手上げだったことだろう。

最後のボールはジャイロ回転の回転軸がややシュート回転となり、まるでフロントドアの2シームのように変化してストライクゾーンに吸い込まれていった。インコースへ食い込んでくるイメージも持っていたであろう重信にとっては見逃すしかなかった「リバーススライダー」だった。

千賀も最後は147キロ神スラット


千賀日本シリーズカット・スラット集

■万全すぎたソフトバンクの投手起用


千賀が巨人打線の中軸である坂本、丸、岡本らを崩した後、2戦目は高速アンダースローの高橋礼が先発。目線が代わり途中までノーヒットノーランの快投を見せた。

3,4戦目にはバンデンハーク、和田毅が行けるところまで飛ばしていく投球で試合を作り、第2先発、ロングリリーフとして石川柊太やスアレスが待機。勝ちパターンの甲斐野、モイネロ、そしてクローザーの森唯斗につないでいく万全のリレーだった。

第5戦があればさらに武田翔太が待機しており、6戦目以降には千賀と高橋礼が中6日で登板する計画。スアレスは打たれたものの、それ以外は投球内容、陣容、起用法全てが完璧で、巨人は為す術なく4連敗を喫した。

150キロ以上が当たり前の高速ストレートにジャイロ回転のスラッターとスプリットがコースに決まれば見逃しか空振り、高めに抜けても高めいっぱいに入って見送り三振を繰り返した。

ソフトバンクの捕手、甲斐拓也の配球も素晴らしかった。シーズン途中から持ち前の強肩やブロッキングだけでなく、配球でも凄まじい成長を見せ、短期決戦でも仕事をやり遂げた。キャッチャーとして、さらにワンランク上がった。

対象的だった日本シリーズのソフトバンクと巨人についてのアナライジングはこちらのコラムも参照されたい。

■「画一性」が仇となったアストロズ投手陣


MLBにおけるホークス投手陣とも言えるのが、ヒューストン・アストロズの最強投手陣だ。

サイ・ヤング賞を獲得したエースのジャスティン・バーランダー、同じくサイ・ヤング賞候補のゲリット・コールの300三振コンビに加えて、18勝を上げたザック・グリンキーを中心としたスラット・チェンジ・カーブ型の投手が揃う。

しかし、ナショナルズのコンタクト力のあるチーム打率リーグトップのトータライズされた打線に最後は攻略された。

ナショナルズ中軸のアンソニー・レンドーンはどのような球でも対応できて、崩されながらも打てる奥行きのある打撃を披露した。

また、21歳でワールドシリーズ3本塁打、バーランダーやコールからも一発を放ち、得点圏ではタイムリーも放つ勝負強い「真の4番の打撃」を見せたフアン・ソト(お股本でもその打撃アプローチや完成度を絶賛している)を中心に、理想的なある意味「日本の2番打者」でもあるイートンや、コンタクト力のあるベテランA・カブレラやケンドリックが脇を硬め、最強アストロズ投手陣を攻略した。

ソトの3本塁打。コールとバーランダーからの3本塁打はホンモノだ


全員が右のパワーピッチャーでスラット型スライダーをメインとするアストロズ投手陣を攻略する鍵となったのが、「逆方向への打撃」である。スラッターはストレート狙いで引っ張り気味で長打を狙うスイングには効果てきめんだが、少しポイントを近づけて逆方向の意識を持たれると弱い面もある。

レンドーンはバーランダーのスラットを逆方向へ放ち、シフトであいたセカンドを破りタイムリーにした。ソトはコールのスラットを逆方向へフェンス直撃の2ベースを放ち、ケンドリックはハリスの91マイルのアウトコースいっぱいのカッターを捉え、ライトポール直撃となる決勝のホームランを放った。

アストロズが今季175試合目で初めてソトを敬遠した後、カブレラがセンター前へ引きつけてタイムリー。リードを広げて試合を決定づけた。

レンドーンの逆方向へのタイムリー(バーランダーの86マイルのスラッター)


ソトのレフトフェンス直撃タイムリー(コールの90マイルのスラッター)


ケンドリックのライトポール直撃の決勝ホームラン(ハリスの91マイルのカッター)


カブレラのセンター方向へのタイムリー(プレスリーの91マイルスラット)


自分達は三振を恐れないが三振をせず長打とライナーを放つのと同時に、相手にそれをさせないために強力なスラッターを武器として三振か内野ゴロで打たせる投球がアストロズの野球だが、それへの対抗策が「逆方向の長打」と「シフトで空いたコースを抜く打撃」である。

ややもすると、全員右投手で固めたアストロズ投手陣の画一性が仇となった面もあった。

■バーランダーは何を思う


三振は必要なコストという考えもわからなくはないが、結局は三振しないコンタクトや逆方向への打撃が、このレベルの試合では重要となる。日本シリーズ最多三振を記録した巨人に足りなかった点とも言える。

コールやバーランダーは相手に連打は難しく、ホームラン以外での得点は不可能と言われていたが、ナショナルズは一発に加えてしぶといバッティングで攻略した。

バーランダーは今の野球を称して、次のように語っている。

「個人的には、スモール・ボールが戻ってくるのを見たい。言葉としてスモール・ボールとは言いたくないが、多くの人はスモール・ボールをバントすることだと思っているだろう。僕は細かい部分で、運動能力を駆使して次の塁を狙い、チームとしてより多くの得点をすることだと思う。我々はホームラン、ホームランでワイワイ騒ぐ、それの最盛期にいる」

「一塁に走者がいれば、次の打者が右翼へ打って、一塁から三塁へ進めば、称えられる瞬間。さらに次の打者が犠牲フライを打てば、また別に称えられる瞬間なんだ。野球というゲームにはいろいろな愛し方があるが、少し別の方向に崩れているから、正しくなってほしいね」

効率性やデータ分析、投手のレベル向上を背景に一発狙いの打撃となるのは理解できるとしつつも、本来の野球の良さが少し薄れてきている、バランスが崩れていると警鐘を鳴らしている。

私と全く同じことを最強右腕も語っていたわけだが、その本人がそのスモールベースボールで攻略されたのだから実に面白い。もちろん、敗戦は悔しいだろうが満足している面もあったかもしれない。実際にはどう思っているのか聞いてみたいところだ。

■「勝者のメンタリティ」は存在する


これまで、ディビジョンシリーズで敗退を繰り返してきたナショナルズ。正直、普段はほとんど見ないチームなので今年もまた負けるのだろうと甘く見ていた。大変に申し訳ない。

このポストシーズンではボールが変わり、シーズン中より飛ばなくなったらしい。その結果、よりコンタクト力のあるベテランの力が活きたのかもしれない。シーズン中よりも、カブレラやケンドリック、パーラ、イートンと言ったベテランの起用割合を増やしていった。ソフトバンクが徐々に長谷川勇也の出番を増やしていくのと似たようなイメージである。

最近はトレンドとして右から習えで、ベテランは能力があるのに年齢が高いというだけで冷遇されがちだった。しかし、彼らの確かな技術や経験はやはり必要不可欠である。そういう意味でもベテランの活躍が見られたことは大変良かった。

アストロズはサイン盗みが常態化しすぎていたのを逆手に取って、経験豊富なベテランやコーチ陣は敢えて複雑なサインを頻繁に入れ替えたり、癖がわかるとそれを逆手に取って逆のボールを投げたりと言った狡猾さもあった。結果として、アストロズはホームアドバンテージを全く発揮できずに本拠地で4敗した。

ナショナルズはリリーフに弱点があると言われていたが、シャーザー、ストラスバーグ、コービンの3本柱をリリーフでも豪華に起用する大胆な起用法で乗り切った。

スコット・ボラスを代理人としてトミー・ジョン手術経験もあるストラスバーグや、首の痛みで朝起きて腕が上がらずに登板を回避したシャーザーらの気迫あふれる投球、登板間隔を詰めたリリーフ登板にも胸も打たれた。まさに明日なき戦い、絶対に負けられない戦いだった。

シャーザーがリリーフで出てきたら神スラットで何も起こらない


一度、ディビジョンシリーズを突破すると、自分たちはやれると自信がついて、ワイルドカードから一気に頂点まで上り詰めた。

なお、ナショナルズの詳細なアナライジングについては、熱狂的ナショナルズファンであるunknown氏のコラムを参照していただきたい。

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