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【第十七回】ちょっと小腹がすいたんで。

穴守稲荷/Good morningラーメンショップ

夜明けをうずうず待つ夜もある。
まだ暗い内から車を走らせたい。
そんな気分の日もある。

点火。

エンジンをかけ、音楽をかけゆっくりとした動きで車を出す。

朝だ。

すべてがはじまる東京の朝の空気が好きだ。
車たちはそれぞれの方向に向かっており時折苛立っていたり、流れに乗れていなかったり。
そんな車も含めて慌ただしい東京の無機質な産業的排他感が好きだ。
そんないきり立ったような静かな朝、車を海の方へ流す。

東京湾岸、羽田あたりには大型車が特に多い。
海コン車。
いわゆる海上コンテナ積載車や重機などが大挙の列を成している。
ここ、穴守稲荷は羽田空港の入り口。
環八と国道一号線が交差する朝の鉄火場だ。
車間までビッチリと詰め車が右折車線へ並ぶ。
せせこましく鳴り響くクラクションの音が東京湾岸の朝の起動音だ。

そしてこういう場末のラーメン屋には朝の英気を養おうと、運転手達が集まるのだ。

朝の六時半、音楽も何もない。
ラーメンを仕上げる鉄が擦れた作業音とラーメンをすする音しか聞こえない。

昔からこうだ。
職人気質の運転手達はここでの手筈を知っている。
店に入りカウンターに腰掛け店主から声がかかるのを待つ。
やけに貫禄のある店主から「注文は?」と聞かれてはじめて自分の食いたいモノを伝えるのだ。
そこには愛想もなにもない。
ただ、無音で朝を急ぐ音だけが聞こえ時が少しずつ過ぎていく。

「ごっそさん」
どの客も釣りが出ないようにカウンターに金を置き店を後にする。
その背中は満足げなわけではない。
これから仕事へ向かう背中があるだけだ。

空いているわけでも混んでいるわけでもない。
カウンターにつかず離れず、等間隔に客が座っている。
新聞を読む者、携帯電話を弄る者━━━━
さして駅のホームと変わった様相はそこにはなく。

当たり前の朝。
昼前に小腹がすくとマズいんで腹ごなしをしに来ただけだ。
そんな人々が集う場所。

ネギチャーシュー
¥1,000

オールドな。純喫茶で腰掛けて珈琲を飲むようなそんなラーメン。
既視感もあり、どことなく懐かしい。
ごま油の強めの香りがプンとして、朝の空きっ腹を刺激する。

味も懐かしくもあり、物足りなさもある。
今流行しているラーメンとは程遠いモノだ。
だが、こういう朝にはコレが良い。
固めの麺にシャバシャバのスープ。
一瞬、胃だとかつま先が暖まるんだ。

ごま油で和えられた辛味もないただの白ネギだ。
こんなラーメン、昔あったよな。
家で作る夜食も似たような感じだ。

脂身もそっけもない赤身のチャーシューだ。
レアに調理してあるわけでもものすごく手間をかけてあるわけでもない。
だがこれが美味いんだ。
なんでだろう?

周りも自分も、一心不乱にラーメンをすする。
妙に作業着を着た男たちが格好良くみえたりする。
無骨でただなにもなく、腹ごなしにラーメンを食べる。
美食だとかそういったモノとは真逆のことなのかも知れないが、これが美味いんだ。

ただの腹ごなしかも知れないが運転手たちに話を聞くと口を揃えてこう言う。
「ラーメンショップは美味えよな」と。

そうなのだ。
ただの腹ごなしで食べているこのラーメンが強烈に記憶に残るのだ。
これから労働が待っているのかも知れないし、これから帰るのかは定かではないがこのラーメンが食いたくてここに寄っているのだ。
ここに寄るのを楽しみにしているのだ。

なんでもないラーメン。
そういったモノ。
美食と真逆を行くモノ。

美味さの根源は「空腹」だと思い知る。
なにより、ここのラーメンを食べて「格別だ」と自分自身も思ったのだ。

この時間ここで、こういった雰囲気の中で食べるこのラーメンが良いんだ。
食べ物は食材の良し悪しや調理法だけではない。
ロケーションも甚だ重要だということ。
コレを踏まえてロケーションの咀嚼もした上でモノを語らねばならない、と改めて思ったのであった。
うまいラーメンショップうまい。

営業時間

6:00〜14:00

定休日

土曜、日曜、祝日

座席

10席

備考

何も言うまい……うまいラーメンショップうまい。