【純文学】撲のパパはブリーフ隊長
撲のパパは、近所ではブリーフ隊長として有名だ。ブリーフ一丁で歩き回る変態ということではなく、パフォーマーとしてだ。
パパは、10年程前にリストラに遭った。なかなか次の仕事が見つからず困っている時、真冬のアメリカのNYかどこかでマッチョな大男が白ブリーフ一丁でギターをかき鳴らしてストリートパフォーマンスをしているのをTVで見た。
観光客から投げ銭をもらったり一緒に記念写真に納まって観光大使として一役買ったりとちゃんと認知されたパフォーマーなのだという。
これだ、と閃いたパパは、まんまパクることに決めた。
パパは元々大柄で筋トレが趣味だっただけあってそこそこがっしりとした体格をしていた。
更に好都合なことに大学時代にはバンドもやっておりギターもそこそこ弾けるのだった(大学時代はドラムだったらしいが)。
早速、真っ裸に大事な物が透けないよう白ブリーフを3枚重ね着しギターケースを抱え駅前に向かう。
本家はテンガロンハットにウェスタンブーツだったが、パパはウェスタンな物は持ってないので黄色いベースボールキャップに茶色のワーキングブーツで代用した。
アーアアー♪
早速、ギターをかき鳴らしながら何やら歌のようなものを熱唱し始める。
しかし、パフォーマンスを初めて5分もたたない内に、客より先に制服姿の警察官2人が寄って来た。
「無許可のパフォーマンスは許されてないから。仮に申請したとしても、一般的には路上芸能は許されないからね。」
そう言って警官は去っていった。すっかり意気消沈したパパが、ギターケースにギターをしまっていると、後ろから男性の声がした。
「それ、うちの敷地内でやらない?うちはあそこのスーパーなんだけど、少し私有地があるから店頭でやってもらえないかな。」
この男性はそのスーパーの店長さんだという。店長さんが、本気でパフォーマンスを認めたか、パパを哀れと思って情けをかけたのかは今もって謎だそうだ。
「一日中やるのはくどいから夕方の人通りが多い時1時間だけ、時給1500円でどう?」
パパの顔が曇る。1500円ではほとんど家計の足しにならない。
「それじゃあ足りないか。そうだなあ、そうしたら、それ以外の時間は普通のアルバイトとして裏方で働いてもらえない?人手足りてないし。」
もしかしたら体の良いアルバイトのスカウトだったのかもしれない。
もちろんパパの返事は決まっていた。
「はい。宜しくお願いします。」
名前の無かったキャラクターだが、パパ自らブリーフ隊長と名付けた。
キャプテンブリーフとかブリーフ軍曹とかブリーフちゃんとかも考えたが、強そうで子供たちにもわかりやすい名前が良いだろうということでこの名前に決めた。
最初は、学齢前の子供たちから人気が出た。幼稚園位の年代の子供たちだ。
それが次第にもう少し低年齢の保育園位の子供たちに広がった。
その関係で最初は夕方だけだったが保育園の子供たちの外遊びの時にも見られるよう、午前中にもパフォーマンスをするようになり、毎日午前午後の2部制になった。
少しずつ有名になり近隣の幼稚園のイベントや夏祭りにまで呼ばれるまでになった。気持ち程度だがお代も頂いている。
スーパーでの仕事の方も、真面目な勤務ぶりが評価されて半年後には正社員になった。母のパートによる応援もあり、生活もやっと安定してきた。
世の中、出たがりは多いようで、パートの古株の「おばちゃん」こと伊藤さんが、ホルスタインの着ぐるみを着てアシスタントとして登場するようになった。Cowガールだそうだ。
おばちゃんの得意技は巨乳から発射するセクシービームだが、これもパクりである。
毎月29日は、お肉の日として二人で特売をアピールする。子供たちも、「にっくー、にっくー、お肉の日♪」とノリノリでブリーフ隊長のギターに合わせて合唱している。」
店長さんによれば、29日はもともと肉の売り上げが増えていたそうだが、それに比べて更に2~3割増しで肉が売れるので仕入れが難しく頭痛の種だといっていた。
バレンタイン、ホワイトデー、クリスマスといったイベント日には、それにちなんだ歌を披露する。
といってもパパの音楽的才能は大したことがなく、もっとセンスのある大学生バイトが鍵盤楽器で曲を作ってきて、それに従業員皆で歌詞を考えるのだそうだ。
だが、世間と同じくこれまで順調だったが、コロナの影響で密をまねくイベントは行えなくなった。
幸いお籠り需要のお陰でスーパーの経営は順調であり、パパも伊藤さんもパフォーマンスにあてていた時間以上の時間を本業にあて忙しく励んでいる。
そんなわけで幸いなことに、パフォーマンスがなくなったことで経済的に困る人はでなかった。
でも、夕方になると店頭に集まってくる子供たちはどことなく寂しそうである。
非常事態宣言期間が短縮され解除されるタイミングで、パフォーマンスをしようかという話も出たが、パパは反対した。「万一子供たちがコロナにかかったら大変だ。まして裸でのパフォーマンスはこの時期には不謹慎だ。」
声を上げたのは意外な人物だった。ネパール人の語学学校留学生のナダル君だった。
「私は店長さんに救われた。コロナでバイトクビになった時に店長さんが雇ってくれた。他のみんなも優しくしてくれた。」
なんでも職務質問されて警察官に在留カードを見せているナダル君に仕事はあるの?と割って入って話しかけ、またまたバイトで雇ったらしい。
「歩いていると、インド株、コロナってみんな嫌な顔をする。だから私、コロナの役する。」
「でも、ナダル君は、インド人じゃなくてネパール人だし。別に感染もしてないし。それ差別だよ。それはダメ。」
パパは反対した。
店長は相変わらず真面目なのかふざけているのか不明だがまた突拍子もないことを言い出した。
「この際、インド人でもいいじゃない。ネパールもインドもカレーの国だし。次の第一土曜日を、1(イン)土(ド)の日として、カレーの特売しよう。」
そんなわけで、次の第一土曜日をインドの日としてカレーの特売をすることにした。
レトルトで色々な種類のカレーが集められた他、カレー煎餅やカレーまんが入った中華まん、カレーうどんなどが並ぶおおらかなカレーフェアになった。
ヒンズー経では牛は聖なる動物で口にすることは禁じられているので伊藤さんも自粛して、今日は素でお手伝いしている。しかしビーフカレーのレトルトは置いてあるのが何ともちぐはぐだ。
パパはというと、史上初めて服を着て子供たちの前に立っている。ギターも持っていない。
その時、3音階くらいしかないようなおもちゃの鍵盤楽器をナダル君が引き始めた。
「僕はカレーマン、カレーの国からやって来た~♪手洗い、消毒、大事だよ♪」
「インイン、インディア。カレーの国♪」
「僕はカレーマン、今日はカレーまんがお安いのさ~♪」
子供たちにはシュール過ぎたらしく、意味がわからずポカンとしている。
熟練のパートの伊藤さんが少しダミ声っぽい声を張り上げる。
「は~い、今日は、肉まん、あんまん、カレーマンがとってもお得。おやつに、朝ごはんに調度いい。」
すると、シャツとズボンを脱ぎ捨てて、隠してあったギターを抱えて突然ブリーフ隊長が登場する。
「カレ、カレ、カレエ♪」
お肉の歌と同じ音程だ。これに合わせて子供たちも熱唱する。
「カレ、カレ、カレエ♪」
今回も良いイベントになったようだ。
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