最近の記事

プレタポルテ・ディテクティブ

ブラインドから西日差し込む小汚い事務所の中で、その部屋の主はドアブザーの音に目を覚ました。 『証拠収集から慰謝料請求まで 瀬戸法務探偵事務所』 と書かれた看板は、掲げられてからそう古くもないが、海岸通りの潮風に洗われ、早くも錆が浮き始めている。 不倫現場の内偵に徹夜ではりつき、昼過ぎにようやくソファで仮睡のいとまを得た探偵‥‥瀬戸才一は、あくびを噛み殺しながらドアの方向に首をもたげた。 「よう、食い詰め探偵。貧乏暇なしのお前さんが、事務所にいてくれて助かったぜ」 ダ

    • 事務所暮らしの神秘狩人

      美術史に少々明るければ、あなたも《七つの燭台》のことは聞いたことがあるだろう。 世界の各地の遺跡から発掘された、多くの共通点を持つ7客の燭台のことだ。 その全てを集めた時、いかなる望みをも叶えられるオーパーツなのだ、などというおとぎ話を添えて語られることもある。 いずれも三つ叉で、黄金で出来ている。近時行われた炭素年代測定によると、紀元前1世紀から西暦0年にかけて制作されたものであろうとのことだ。 火を灯すべき3つの皿のうち、左右の2つには、1つに《鳥、天使または有翼の人

      • リチュアル・オブ・スート:リベンジ・ウィズ・シックスバレッツ

        「ハンバーガーを注文する時、『ピクルス抜きで』なんて注文する輩がいるだろ」 なぜ、収監されたはずのこの男が、ここにいるのか。 ジャック“ザ・バーグラー ”ロビンソンは、吹かした煙草の煙をフウ、と一息に吐き出し、リボルバーに6発の弾丸を込めていく。一発、一発。丁寧に。儀式の如く。 「あれは、よくない。ハンバーガーという調和が崩れるし、何よりピクルスに失礼だ」 リボルバーに弾丸を込め終わったシリンダーを嵌める。カチリ。 「お前もそう思うだろ」 テーブルの向こう側、リボル

        • タレント:ノーブル・オブリゲーション

          『暗証番号を、入力してください』 新幹線券売機にクレカの暗証番号を打ち込むと、券売機からは、僅かなノイズ音が漏れた。 『使命を、果たしてください。与えられた能力を、行使してください』 「・・・・?」 聞き慣れぬ電子音声に、男は思わず眉をひそめる。 その男、瀬戸サイイチは、大阪出張を終え、新横浜行きのぞみ315号の指定席を購入するところだった。 だが、券売機は疑問に答えることもなく、17号車1番E席の座席指定券を吐き出すのみだ。 ハードな商談だった、きっと俺は疲れてるんだ

        プレタポルテ・ディテクティブ

          檸檬を巡る或る酒飲みの回想、如何にして彼は理想の世界を手に入れたか

          世の中を二分する話題というものは、右派政権か左派野党のどちらを支持するか、なんてお堅いものから、マッシュルーム型のチョコ菓子がいいか、はたまたバンブースプラウト型がいいかなんぞという、俺みたいな酒飲みからしたらどうでもいいお茶受け話まで、まあ事欠かないものだ。 そんな中にも、酒飲みどもが永遠にモメ続ける、くだらなくも重要な論題がある。「ツマミの唐揚げに、レモンをかけるか、かけないか」だ。徹頭徹尾、ニッコー・ドライの生ビールさえ飲んでりゃ満足な俺からしたら、大皿の唐揚げに、勝手

          檸檬を巡る或る酒飲みの回想、如何にして彼は理想の世界を手に入れたか