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今年はSDGsを意識してみました


#お年玉どうする

毎年、我が家では年越しと元旦を決まった形で迎えてきました。年越しにはおせち風のお料理とお寿司などを用意し、家族皆で紅白歌合戦を楽しみながら過ごし、紅白が終わり、除夜の鐘が鳴るまでにの間に蕎麦を茹で、鐘の音と共にいただきます。

そして年明け、おせちとお雑煮に用意された食卓で、一人一人に私からお屠蘇をつぎ、一年の初めの挨拶と乾杯を行います。
そして、楽しく食事をいただく合間、おもむろに懐からお年玉袋を取り出し、三人娘に一人一人渡します。

この時何かいい気分になるのです。
昨年から妻にも渡すようにしました。
点数稼ぎのつもりでした。

実は、このお年玉、いろいろな思惑が私に宿り、数年前から哲学しなければならない事項になってきました。
SMAPの中居さんがたくさんのお年玉を親戚に振る舞うと聞いて、私もできる限りの振る舞いを年に一度はしたいものだと思ったりしました。
しかし、一方で娘たちが大学を出たり、就職したり、となると、まだお年玉を渡していいいのか?との疑問が生じました。

長女はSDGs特に地球環境問題やGENDER特にフェミニニティ問題に取り込み「家父長」制反対を高らかに宣言しております。
昭和の男、かつ男気じゃんけんぽん的気風をどこか恋しく思う私が、お年玉を娘や妻に振る舞うこと自身が家父長制ではないか?
もしそうなら、反対運動家に贈与すは理不尽ではないか?などと思い悩んだものでした。
しかしながらお年玉を待っているであろう娘たちにかっこいいお父さんでいたい願望抑え難く、これまでは葛藤の末、昨年は一人〇万円渡したものでした。

そして今年、年末から悩みに悩んだ挙句、娘や妻たちが
お年玉を望むのか?どうか自ら決めてもらう算段を思いつきました。
この儀式を止めるのが心苦しく、一方で〇〇万円を新札に替えることがSDGsにもとるかと思ったからです。

紙を無駄にしないためには、デジタル送金がベターかと・・・

その作法とは、
お年賀の小袋に私の大切な五百円玉(私は五百円玉貯金をしています)を入れ、それをお年玉とする。
ただし、私の大切な玉を私に返してくださった方には、
好きなだけ(私の裁量の範囲で)お年玉相当額を口座振込します!
というものです。

さてさてこの結果はいかに?
三姉妹それぞれ受け止め方が違いました。
長女と三女は私からの独立を意識したのでしょうか?受け取ったままです。
ただその理由は、専門学校を出て既に水族館で働いている三女は「社会人だから」、俳優としての活動に精を出している長女は「五百円玉貯金しているから」
しかし、家事手伝いの次女は「え〜みんな返さないの〜」と
お年玉を望んでいました。が、姉と妹の態度に圧倒されたのか、
三が日の今日までまだ「それなりの」お年玉の要求がありません。

この結果、
何か寂しいです。
どこかで家父長をきどりたかった魂胆が見えてきました。
反省です。

そういえば、次女は昨年末こんなことを言っていました。
「パパのお年玉何に使うか知っている?」
「??わからない」
「ラインのスタンプを買ってるんだよ」

勇気を持って私に五百円玉を返してくれないかなあ〜

そんな中、ただ妻だけは渡した瞬間に五百円玉を返してきたのでした。
そして、「〇〇万円」ね!と

しまった!希望限界値は設定していなかった。じゃんじゃん。


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