法壇からみる実務基礎科目〜刑事裁判の基礎を学ぶ
つい先日、現役の実務家・修習生による刑事実務基礎講義「刑事裁判の基礎」シリーズ(全3回)が、グランドフィナーレを迎えた。
OLS編集部所属ニコラス・ミンジ記者が白熱の講義風景を、独自の考察とともにレポートする。
この講義、飛ぶぞ?(ニコラス談)
(本文:ニコラス・ミンジ/編集:OLS編集部)
0.序論
「予備試験論文式試験を突破するならば、実務基礎科目では確実にAを取るもんだ」と言われるのだが、この科目、どうにもつかみどころがわからない。
実務基礎科目(刑事)について、適用法令は概ね、刑法と刑事訴訟法であろう。だったら、シンプルに刑法と刑事訴訟法の論文式試験で、その能力を測ればよいのではないか。
それが実務基礎科目なる謎の科目の登場である。なぜ我々、予備試験受験生だけが余計に苦労しなければならないのか。
実務基礎科目は、司法試験にはない科目である。予備試験に選択科目が導入されることになった今、予備試験と司法試験の最大の差といってもよいかもしれない。
逆説的に言えば、この司法試験と予備試験との差分が、法科大学院修了によって備わるとされる定性的な能力。
すなわち、法科大学院教育の範囲が、予備試験における実務基礎科目の「輪郭部分」に当たるのではないかということだ。
実際、実務基礎科目の出題方針は、「法科大学院における法律実務基礎科目の教育目的や内容を踏まえ」ている(平成23年司法試験予備試験考査委員会議資料1、4頁)。
そこで、法科大学院教育の役割を紐解いてもみると、その先に見据える、司法修習との有機的連動を模索した痕跡が見て取れる。
司法制度改革により、短期化された司法修習の一部は法科大学院教育に移行された。
予備試験の実務基礎科目で問われるのはその修習の導入にあたる部分、すなわち旧試世代が司法修習にて獲得してきた実務能力の「基礎」に他ならない。
試験問題に視点を戻す。
出題趣旨によると、考査委員会の先生方は、実務基礎科目について「法曹三者それぞれの立場から,その思考過程及び採るべき具体的対応について解答することを求めて」いる(令和2年度出題趣旨)。
これは年度による傾向などあれ、一定程度共通している。さらには、司法修習におけるで「それぞれの立場からの事件の見方を学ばせる」という目的(最高裁HP)にも合致する。
以上から、知識や思考力もさることながら、法曹三者それぞれの視点から見える風景を眺めてみることは、制度趣旨の理解や論述、それぞれの立場での刑事事実認定の思考過程を表現するに資するのではないかということである。
……前置きが長くなりました。それでは、開廷しましょう。
1.講義概要
本シリーズ講義(全3回)は、以上の(長い)前置きを踏まえ、刑事裁判につき、検察官・弁護士・裁判官の視点からその手続きや重要性について学ぶことで、刑事裁判を立体的に理解することを目的としている。
具体的には、法律実務基礎科目(刑事)において「法曹三者それぞれの立場から、その思考過程及び採るべき具体的対応について解答する」ことができるように、検察・刑弁・刑裁それぞれを司法修習生、弁護士が解説している。
ちょっと背伸びをした視点を見てみれば、実務「基礎」科目なんて余裕だろう、そういう建付けだ。
今回レポートするのは、その第3回(刑裁)。
これまで展開されてきた検察・刑弁の布石の先にある、実体的真実の発見の風景を描く。
2.担当アドバイザー
本シリーズの担当は、切れ味バツグン、ともしびアドバイザー(弁護士)と、口述試験はぶらり途中下車の旅、ぽつアドバイザー(司法修習生)。
日々実務に向き合っている弁護士と、実務修習に肌で触れている司法修習生。
この両者から法曹三者の視点を直接学べる圧倒的布陣。
どうです? もう講義見たくなってきたでしょう?
なお、3回目の今回は、ぽつアドバイザーのご担当である。
3.今回の講義は、ここがすごい。
3-1.印刷して撫でたくなる秀逸なレジュメ
とにかく、講義のレジュメが秀逸すぎる。
プロシーディングス刑事裁判(平成30年度版)、プラクティス刑事裁判(平成30年度版)(いずれも法曹会)を参考資料に用いながら(以下、「参考資料」という)、そのオリジナルレジュメにて、その俯瞰的概要をフォロー。クオリティの高さに復習もサクサク進む。
フォントもデザインも全部好き。
3-2.ブレない骨太な着眼点
「実体的真実の発見」という裁判所の役割のもと、真実発見に向かう刑事裁判手続では、争点把握と証拠選別が重要となる。
さらに、当事者主義を基本としつつ、事実認定を見据え必要な範囲での訴訟指揮を取るという視点は、引き続き説明する手続きの中でその考え方が顕出されている。
刑事裁判手続きが、「予断排除」「誤判防止」「防御権の保障」という着眼点を通してブレずに解説されている点は、本講義の真髄ともいえる。
3-3.刑事裁判手続に血を通わせる解説
実際のところ、条文を丸暗記することになったり、見よう見まねでフローチャートを作る刑事裁判手続。ひとつひとつのステップを丁寧に、参考資料に掲載される書類例を用いながらぽつアドバイザー自身がロールプレイしていく。
意外と見たことがない書面の数々は、頭でっかちになる手続を自然な形で整理してくれる。
①身柄関係
身柄関係は、公判に向けた捜査の過程における逮捕・勾留があり、予備試験出題の観点からは被疑者勾留が比較的重要である。
この分野は論点に飛びつきがちだが、実務の視点からは、適法に手続きを履践することが肝要だ。
実体的要件、形式的要件それぞれについてみると、要件の「よく書く」頻度に差はあれど、要件はそもそもそのすべてを満たすことをどのように実務で判断しているのか。その感覚的なところを教えていただける貴重な機会となった。
また、勾留時に判断する裁判官は、公訴提起後に事件を担当する裁判体とは異なることを確認。被疑者勾留については原則10日間とされている。
この10日間、長いようで、土日休みや、決裁の時間を考慮するとかなりバタバタである。これは検察パートでも、その肌感覚を教えてもらったところで、とてもリアリティがあった。
そして事件は公訴提起、公判準備へとテンポよく進んでいく。
②公判前整理手続
316条の〇〇シリーズ。たくさん条文あるなぁというイメージ。公判のように傍聴できるわけではないことが、ちょっととっつきにくい要因なのだと思う。さらに、公判前に証拠を整理してしまったら、予断排除に反するのではないかというモヤモヤ感を持ちながら進んでいく分野だ。
その点、ぽつアドバイザーから、わずかな情報だけをもとに整理手続をする難しさや、その整理は審理日程の策定に資する程度で大丈夫といった、現実的な落としどころを聞くことができたことも、有益だった。
さらに、プラクティス刑事裁判に掲載される証明予定事実記載書や証拠等関係カードの例を用い、公判前整理手続につきロールプレイに近い解説をしてくださったことで、手続の立体的な理解にもつながったように思う。
③公判手続
公判前整理手続に続き、条文に引き付けた具体的な手続を、進行のイメージから柔らかく解きほぐす解説。
さらに、当事者主義や被告人の防御権の保障などの着眼点から見た公判手続は、ちょうど刑事裁判を初めて見に行った時のような、「あぁ、そういうことか」と膝を打つ感覚をおぼえた。
④証拠調べ
証拠調べの観点から、これまでの手続を復習する。
まず、書証につき、326条1項の書面としての同意の有無が、伝聞証拠などの議論のスタートになることは、実務としては当たり前なのだけど、論述では抜けてしまうことが多い視点である。詳細な解説がとても有益であった。
また、証拠調べの中でも、少々毛並みの違う「異議申し立て」についてのお話も、法定技術として実務上の重要性、いや、息遣いを感じるほど。
さらに、証人尋問はところどころ論点はありつつも、体系的に証人尋問だけを詳細に解説する講義に出会ったことがなかったため、かなり新鮮に感じた。
4.まとめ
全3回にわたって丁寧な講義を展開した、”法律実務基礎科目(刑事)でAを取る”実務基礎講義。
その「まとめ」ともいえる今回は、裁判所の視点を主軸に据えながらも、身柄関係、公判前整理手続、公判手続、さらにはそれぞれのパートにおける証拠調べの作法において弁護士・検察官の視点も振り返りながらの講義であり、法曹三者の立場から、刑事裁判手続を立体的に俯瞰することができるものであった。
法律実務基礎科目(刑事)においてA評価を取るためには、「法曹三者それぞれの立場から、その思考過程及び採るべき具体的対応について解答すること」が求められる。
だからこそ、ちょっと背伸びをした視点で見てみれば、実務「基礎」科目なんて余裕のはず――そんな建付けの本講義。
確かに、本講義のあとに実務基礎科目(刑事)をみると、特に手続的な設問については、問いの輪郭がはっきりとわかるようになってきたと感じる。
一方で、その刑事裁判の奥深さを感じる刺激的な機会にもなった。正直、刑事裁判は傍聴の経験こそありながらも、実務家のリアルな息遣いを感じる機会は少ない分野である。
この手続保障で守ろうとするものは何なのか。法曹は、何に向き合っているのか。
背伸びをし、ちょっぴり大人になれた、1時間だった。
(執筆:ニコラス・ミンジ 編集:OLS編集部)
アーカイブ一覧
・刑事裁判の基礎⑴
https://lounge.dmm.com/detail/2120/content/11828/
・刑事裁判の基礎⑵
https://lounge.dmm.com/detail/2120/content/12526/
・刑事裁判の基礎⑶
https://lounge.dmm.com/detail/2120/content/12819/
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