パワーオブザドッグのネタバレあり感想

 まずこの作品を見始めて分かるのは『有害な男らしさ』を描いているということである。しかし鑑賞を進めていくと決してそれだけではないことがわかるという構造になっている。

 前半はよくあるラブロマンスものだ。この部分を鑑賞した時の考えはおおよそ以下の様だろう。

 ふむふむ、「子連れの未亡人が男と出会い、結婚するも彼の家には『有害な男らしさ』(ちょうど女性的で温厚な夫と息子と対照的だ!)を振りまくカウボーイとそれを率いる義兄という困難が待ち受けていた!」という話か!となると、タイトルの『犬の力』とは義兄の『有害な男らしさ』であるわけだな。きっと大まかな流れとしては、この困難に抗いながら、二人はモンタナ州の雄大な風景に、生活を支える牛の群れに、そして二人の恋の成就に、神による溢れ出る恩恵を見出し、生の肯定を存分に味わうという感動のエンディングに着地するのだろう。

 しかし後半、四章に差し掛かると、その予想は裏切られ、物語の焦点が未亡人と夫から義兄と息子へと代わる。そして義兄の有害な男らしさと息子の女々しさには其々由来があることが明らかになる。すなわち義兄はゲイでその反動から男らしさを振りまいており、また息子は過去に亡くした父が酒乱だったこと(おそらく母に支配的な態度をとることもあった筈だ)、そして彼が自殺の直前に息子を「冷たい。強すぎる」と評したことから男らしさを忌避している。また女々しい息子だから女性との親和性が高いかといえばそうでないことを、兎の解剖シーンで描かれている。ここで顕わにされた隔絶から、息子の、男対女という図式の女ではなく、むしろその図式の外に位置するという孤独性が読み取れる。おそらく義兄も同じ孤独な者だろう。
 そして前半では被害者として描かれていた母親の有害さも描かれるようになる。義兄の嫌がらせに耐え兼ね、かつての父親のように酒に入り浸り、露骨ではないものの息子を支配しようとする。乗馬の練習をする義兄と息子を追うシーンや星について話すシーン(母は、星には手が届かないが息子には手が届くと話す。それはそうあってほしいという願望である)がそれにあたる。
 ここまでくると『犬の力』はひょっとしたらこの母親の支配欲かもしれないという考えがよぎる。というより、義兄らの有害な男らしさと母親の支配欲の共通項、『権力による力』が『犬の力』ではないかと。
 権力とは何か。「他人を支配し、服従させる力(https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E6%A8%A9%E5%8A%9B/)」である。劇中ではこの力関係が視覚的に描かれる。二階にいる義兄と、その他の者。また二階から飛び出して未亡人に会いに行った弟。

 さてこの後半部分では大きく捉えて三つの権力、支配しようとする力が交差する。秘密の場所に入られたが為に息子のコントロールを試み、母親は義兄に学び遠くに行こうとする息子を繋ぎとめようと試み、(これは終盤でやっと明らかになることだが)息子が義兄や母までを逆にコントロールしようと試みていた。
 結果的には息子の権力が勝ったのである。取り入ろうと近づいてきた義兄と巧みに距離感を縮め、懇意になり、その一方でそれを母親に見せつけることで義兄への憎悪を植え付けたうえで、義兄が息子に送るため作っているロープのことを話した。その結果、母親はロープの仕上げに用いる生皮をインディアンに贈与し、それに怒り狂う義兄には何の疑いを持たれることなく炭そ菌に侵された牛の生皮を渡すことに成功し、ついぞ義兄を殺害することに成功した。これは奇しくも義兄や父の考える男の定義、「障害を取り除く者」に呼応する。息子は女々しい自分を嫌い、冒頭の語りや、劇中の母親へのささやかな反抗により、男らしさを必要としていたことが仄めかされているのだから、これは精神的にも物質的にもハッピーエンドの呼べるようないい結果だ。

 しかし義兄が亡くなったあと、彼は聖書を引く。人は救われたときに聖書を引くのではなく、救いを求めているときに聖書を引くのだから、「犬の力」の元凶たる義兄は去ったのにも関わらず、未だ「犬の力」から「私の魂を救い出してくれ」と神に願っていることになる。
 彼は今や「犬の力」、権力を有しているのであり、また「障害を取り除く者」なのである。依然として支配欲のある母親は残っている。ちょうどロープのように義兄から継承した権力によって、この障害を取り除くことは可能となってしまった。「どうか「権力とそれの行使」という誘惑から私の魂を救済してください」、そういう気持ちでかの文を読み上げたのではなかろうか 
 しかし、いまやかつての義兄のように二階という上方から外の弟夫妻を見下ろしている息子。彼がカメラの方に振り返った時、下から照らされたその顔は悪魔的な雰囲気を帯びている。

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