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チュノム占いの錬成語とは

 チュノムはベトナムの封建時代、正式な文章語としての漢文では記述できない純ベトナム語を記述するために、漢字を組み合わせるなどして作られた文字体系です。漢字の組みあわせの中には、語の意味を表す漢字とベトナム語での音を漢字で表したものとの組み合わせような例が多く、ほかにも漢字の音だけを借りたもの、意味だけを組みわせたものなど、漢字の造字方法と同じ手法で作られています。

 それを占いに応用していくにあたっては、ベトナム語の発音を基点におき、伝統的な発音の分類法に基づいて分節したものを利用しています。現在でもベトナムの国語教育の中ではこの分類法に基づいて正書法を教えています。

 ベトナム語の単語はひとつの音節でそれぞれ意味を持つものが多く、「単音節言語」と分類されます。その音節を伝統的にさらに「子音」+「韻」+「声調」と切り分けます。声調は声の高さやその変化で意味を区別するもので、そのためベトナム語は「声調言語」と分類されます。
 さて「子音+韻」(+声調)の具体例をベトナムという語で見てみると
       Việt Nam
     V + iêt + .  |    N + am +(無記号)

Việt は子音 V と韻 iêt と声調記号 . の三つの要素から、
Nam は子音 N と韻 am で、声調は無記号という形で示されます。

 *)外国人がベトナム語を学ぶ時は韻をさらに母音と末子音に分けますので、互いに異なる方法で文字体系を学んでいることになります。
       Việt Nam
     V + iê + t + .  |    N + a + m +(無記号)

Việt は頭子音 V と重母音 iê と末子音 t と声調記号 . の四つの要素から、
Nam は頭子音 N と単母音 a と末子音 m で、声調は無記号です。

 さて、ベトナム語の発音をベースにしたチュノムカードのうち、大デッキと呼んで毎週の週運を占うのに使っているデッキは、上記の子音+韻+声調に充てて156枚構成になっています。カードは上記の3つの分類に沿って分けて保管し、混ざらないようにしてあります。週運の場合、子音カードから1枚、韻カードから2枚、そして声調カードから1枚の4枚構成で鑑定しています。この方法だと錬成語が最大2つ作られることになります。例えば
           ơ   
       Ch                      `
           ua
の4枚が出た場合、chờ と chùa の2つが錬成されます。

 ただし
           ơt   
       Ch                      `
           uôt
の場合、ベトナム語正書法には存在しないものになりますので、これは錬成語が作られないケースということになります(規則としては、-c, -ch, -p, -t で終わる韻には át, ạt のように、右上がりの記号が母音字の上につくか点が母音字の下につくかの2つしかありませんが、それ以外の綴りでは無記号を含めてa, à, ả, ã, á, ạ の6種類全てがあり得ます)。

 錬成の成否は、実際に意味のある語が生成されたかどうかによります。正書法上はあり得る綴り字でも現実には存在しない場合が多々あり、そのような場合は錬成語なしとして鑑定に移ります。

 そもそも大多数の言語の基本は音声で、音のない音声言語というものは成り立ちません。そして文字は音声言語の補助道具として、書いた人と読む人の共通理解の上に音を再現する補助の記号として成り立つものです。その文字を表す音が何か、その音がどんな意味を持つかを了解しあっていないと使えないものでもあります。

(漢字やチュノムのように意味を表しているように見える文字「表意文字」もあって、音の媒介なしに意味がわかるような気がしていますが、これは共通理解が異言語にわたって広がっていることによります。細かく見れば異なる意味理解をしていることもありますので、どの時代どの地域で書かれたかを確認せずにいると誤解を生じる可能性もあり、気をつけなければなりません。極端な例ですが、国字の【畑】は水を入れていない耕作地=はたけで、チュノムの【畑】はランプ、電灯の意味です。)

 ですから本来は外国語の文字を扱うのにその文字を使う言語の知識もないまま、というのはちょっとおかしなことかもしれません。それをクリアするため、その言語のその音の意味はこれこれこうであるという定義をはっきりさせておくということでそのおかしさを回避していくことになります。チュノムカードでも(ベトナム語やチュノムを知らない人にも使えるように)その文字が表す音と意味を明確にさせてあります。

 各種文字占(もじうら)は一部のデッキを除くと「その文字が表している音」や「その文字が表している音が含まれる語」がどのような意味を持っているかをベースに置いているので、音声を媒介しなくても音声言語の積み重ねの上に成り立っているといえます。そのことでその文字を長年にわたって使ってきた人々の思いが、その文字を通して再生され、それが占断においてキーワードとして振る舞うことになります。

 錬成語はその場で二次的に生成された語として、占断に奥行きを与えたり微妙なニュアンスを加えたりする働きをします。カードだけで読むととても好都合、良い意味なのに、現れた錬成語は否定的な意味を表すとしたら、突発的な事象が発生したり、見えないところに何かある、または人の心の多面性みたいなものを予測させたりもするのです。

 チュノム大デッキは相性を見たり、知りたい項目だけ韻のカードを出して重層的に見たりと重層的な見方ができます。錬成語を読み取りながら占うためには他のデッキより時間がかかるというのが弱点ですが、じっくりと向き合うのにはよいツールだと思っています。


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