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人生で一番楽しかった旅

旅の定義は人それぞれだと思うが、私にとってはひとりで出かけてこそ、それが旅と言えるものになる。誰かと一緒に出かけて経験をシェアする醍醐味はもちろんあるし、それなりの楽しさはひとり旅にはないものではあるが、ただ、ふたり以上で出かけるのは何となくアクティビティとかイベントという言い方をしてもいいような趣を持ってしまう。

旅の基本は、そこは外せないという目的地があって、でも、それ以外はノープランで行きたい。たとえガイドブックを隅から隅まで読んだとしても情報として頭に入れるだけで、メインの目的地以外の時間はすべて、その時の気分や勘で決めたいし、決めるようにしている。

30代に入ってすぐの頃、勤めていた外資系の会社が日本を撤退することになり、無職になる代わりに1年分のお給料が出たので、それで1年間イギリスで生活したことがある。3か月間ホームステイをしながら語学学校に通い、残りは、学校で知り合った子たちと一軒家を借りて住んでみた。その時、1週間の旅に出たことがあった。

地名の音の響きがいいからという理由でウエールズ(Wales)と、地の果てはどんなところなんだろうという理由でランズエンド(Land’s End)に行こうと思った。電車の時刻表と路線図の本を買って(Google Mapなんてなかったからね)、まずはウエールズ方面へ。途中乗り換え駅の名前がReadingで、リーディングと読むのだと思って駅舎の案内を聞いていたけど一向に聞こえてこない。それがレディングという発音だと気づくまでに結構な時間がかかったりして、そんなことがとても楽しい旅だった。

何となくここかなという適当な駅で降りて、村や町をただぶらぶらして過ごす。ここは人の家の庭の一部かなという小路に入ってみたり、人々の生活を感じる玄関先の置物やドアの写真を撮ったり、ほとんど人と話もしないけれど、人々をボーっと眺めているのはむしろ刺激的だった。

イギリスではB&Bが充実しているので、宿泊先を見つけるのは特に難しくなく、ただし、観光案内所が開いている夕方までにあたりをつけるのは大事で、そうやって見つけたB&Bに泊まる。B&Bは、ピンクとレースでふんだんに飾り付けれた室内がオーナーの人柄を存分に現わしていて、私の趣味とは真逆だったので、まるで映画のセットの中にいるような気分だった。

その後、イギリスの南西端のランズエンドに行き、帰る日にロンドンへ戻る電車は直行ではなく、寄り道をしようと思ってわざと違う方向の電車を選んだ。車内で車掌さんから、行先は?と聞かれ、ロンドンと答えた私に子どもに接するように、この電車はロンドンには行かないよ、間違えたんだねって言って、ロンドンまでの電車賃をタダにしてくれた。説明するのもなんだったので、ありがたく無賃乗車させて頂きました。

今日はどこへ行く、どの電車に乗る、どこに泊まると気の向くままに続けた旅は1週間。電車が時刻表通りに来ないくらいが一番焦った出来事だったくらいに大した出来事もなく、ただ、ぶらぶらと歩いて過ごしただけだったけど、言葉もネイティブじゃないし、土地勘もない中、なんのしがらみもなく、誰かに気をつかうこともなく、スケジュールや時間に追われるわけでも、心配事を抱えているわけでもないフリーな旅は、人生で一番楽しい旅だった。自分がただ、知らない土地にいることだけが大事だった。

今は、世界がどこかある方向に向かって変わろうとしているようで、あの時のような無邪気な旅が出来るのかどうか心許ない時代になっているけれど、また、いつか知らない場所にふんわりと降り立ってぶらぶらとしてみたい。



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