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8月15日「 終戦記念日」を考える。

8月15日 日本では、終戦記念日として追悼式が毎年行われています。

戦勝国の勝利記念日は?
第二次世界大戦の戦勝国のアメリカ、ロシア(ソ連)、中国は何時なのか調べてみました。
アメリカ合衆国、イギリス、フランス、カナダは、9月2日です。
日本が降伏文書調印した日を「対日戦勝記念日」としています。
ロシア(旧ソ連)は、9月3日を「第二次世界大戦終結記念日(第二次世界大戦終結の日)としています。
なお、日本は、いまだにロシアとは平和条約を締結しておりません。
中国(中華人民共和国)は、9月3日を「中国人民抗日戦争勝利記念日」としています。
日本は、中華人民共和国とは1972年に国交を回復し、日中共同宣言を通じて正式に戦争状態を集結させている。
大韓民国は、8月15日を日本の植民地支配から解放され光を取り戻したことを記念する日で「光復節」としています。
それぞれの国によって考え方は違うので当然一致するはずは無いようです。日本の「戦没者追悼式」とは違った行事がなされているのでしょうか。?
最近は、あまりテレビでも放映されていないようです。

日本の8月15日とは
昭和天皇がポツダム宣言の受諾を受け、日本国民及び帝国軍人に「玉音放送」という形で直接語り掛けた日なのです。
当時の日本人は天皇は現人神であり有無を言わせない絶対命令に近いものではなかったのではないか、

戦争抑止に向けて
戦後から年号が昭和、平成、令和と75年の時が過ぎていきました。
戦後生まれで戦争を知らない世代が、既に人口の85%になろうしています。戦争体験者は90を過ぎ、数少ない証言も歴史に中に埋もれて行くでしょう。我々には如何に戦争の悲惨さを後世に伝えていくか、戦争を抑止するため何をするか考えなていかねばならないと思います。

わたしの体験談!(戦争に対する)
わたしも、多くの方と同じく戦後生まれで戦争体験はありません。
20代の頃、アメリカで1年ほど生活をしていました。
1970年代、アメリカは北ベトナムとの間で泥沼の戦争状態でありました。
数は少ないが、日本人もアメリカの兵隊なっていた方もいました。
彼に話を聞くと兵役につくと除隊後、アメリカの大学を無償?で入れると言っていました。新聞でも日本人の死を伝える記事が掲載された事を記憶しています。
ある時、偶然にもアメリカ海兵隊員と話す機会がありました。
彼は今すぐにでもベトナムでの戦闘に参加をしたいと言っていました。
わたしは、彼に「なんでベトナムまで言って戦うのか?」と聞きました。彼の答えは、「I will keep the peace」と言いました。
「平和を守る」その言葉を聞いたとき、なんと新鮮な響きと感銘を受けたことを今でも強く心に残っています。
彼は、アメリカ一国の国益ではなく、世界の平和を守るために戦うと力強く答えたのです。

しかし、現実は既にわかっていますね。
アメリカはベトコンに負け撤退しベトナムは共産国家になってしまいました。
第2次世界対戦では日本も、連合国、アメリカに負け戦後は民主主義国家として、現在も存在しています。
当時の米ソ対立の冷戦構造の中で経済的繁栄をして今日に至っています。
近々ではアフガニスタンもアメリカによる支援を受けながら、最後はアルカイダの勢力に負けてしまいました。
アジアの国の中で日本と、ベトナム、アフガニスタン何が、違うのでしょうか? 世界は、さまざまな国が存在し、多様な国民性に価値観やそして文化・習慣を持つ人たちが渾然と混じり合って生活をしています。
一方的に西欧社会が正義を謳う民主主義と言う価値観を他国に押し付けるのではなく、相手国の国民性を十分に考慮し双方の価値観の違いを理解し適切に対応していくことが肝心なのかもしれません。
日本も、米中対決の中で如何に「国益を守り」かつ「平和を守る」かを考えて適切な対応(行動)をしていかなければなりません。
しかし日本の置かれている現状は、悲しいかな、「茹でガエル」と同様な状況と考えていきます。

茹でガエル理論
カエルを熱湯の中に入れると驚いて飛び出しますが、常温の水に入れて徐々に熱すると、カエルはその温度変化に慣れていき、生命の危機と気づかないうちにゆであがって死んでしまうという話です

ではどうするか
わたしは、現在のコロナ禍では厳しいでしょうが他国との人の交流を促進していくことが、最も有効な手段と考えています。米中は確かに対立していますが人の交流も盛んに行われています。日本人も大いに海外で活躍することで他国との関係を深めることができます。
そうすることで双方の国の違いを理解できる人が中枢にいて、相手国や地域を理解をすることで、戦争という行為の抑止に繋がるものと思っています。
注:わたしは、海外青年協力隊を希望しましたが、運悪くできませんでした。今でも非常に残念に思っています。

追記:8月22日
アフガニスタンで2年前に亡くなった中村医師の人道活動は、現時休止しているようです。彼の志を繋ぐためにも、平穏な情勢に戻ることを祈るばかりです。

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