見出し画像

IUPACが選んだ2021年の化学技術トップ10

IUPAC(国際純正・応用化学連合)は、2019年から「化学におけるトップ10の新技術」を発表しています。化学の価値と持続可能性への貢献について一般の人々に伝えることが目的です。関連する日本の研究とともに、IUPACが選んだ2021年の化学技術トップ10をご紹介します。

ブロックチェーン

情報を分散管理して改ざんを防止するブロックチェーン技術は様々な分野での応用が期待されており、化学分野では資源循環の分野での利用が挙げられます。製造段階から販売、回収からリサイクルにいたるすべての製品ライフサイクルにおいて製造国や含有物質などの情報を追跡するために、ブロックチェーンが得意とするトレーサビリティの活用が検討されています。

Semisynthetic life

直訳すれば半合成生物かもしれませんが、まだ日本語として一般化していないようです。Scripps研のRomesberg教授は非天然型の塩基対(Unnatural base pairs, UBPs)が大腸菌ポリメラーゼのもとで天然塩基対と同様に複製できることを見出しましました。ここから得られる生体系がsemisynthetic organisms (SSOs)と呼ばれており、医薬品などへの応用が検討されています。日本でも東大発スタートアップのタグシクス・バイオが、非天然塩基対を利用した核酸医薬品の創出を目指しています。

タグシクス・バイオのDs-Px塩基対(Chem-Stationより)

超撥水性

撥水性は日用品・衣料品などの民生用途から機械・医療機器などの産業用途まで幅広い分野で、水性液体の物性や移動をつかさどる機能として重要な役割を果たしています。最近はハスの葉やハリセンボンなど生物の「形態」にヒントを得た新たな撥水構造が材料として検討されています。

Artificial humus

直訳すれば人工腐植土ですが、腐植土中の有機物であるフミン酸を人工的に増やすことと理解しました。フミン酸は土中にある高分子量の有機物を指し、カルボキシル基やフェノール基を有しているのでフミン酸と呼ばれます。フミン酸はこれまであまり注目されてきませんでしたが、地球の炭素循環の中で大きな役割を果たしていることがわかってきました。土中のフミン酸を増やすことで大気中の二酸化炭素を減らせるのではないかと期待されています。

https://keitwo.co.jp/what-is-humic-acid-and-fulvic-acid/

RNA合成

2021年はmRNAワクチン元年となりました。通常のウリジンのC-N結合をC-C結合に変えたシュードウリジンを成分として含む合成RNAワクチンが実用化されています。シュードウリジンは醤油などに含まれるイノシン酸やグアニン酸に似た化合物であり、日本のヤマサ醤油は世界でも数少ないシュードウリジンのサプライヤーの一つです。

ソノケミカルコーティング

超音波が関与する化学をソノケミストリーと呼びます。日本の学会名も「日本ソノケミストリー学会」になっているので、タイトルはそのままソノケミカルコーティングとしました。学会のホームページによれば日本の会員数170名余は欧州ソノケミストリー学会(ESS)を凌ぐ規模だそうで、日本でも研究が盛んな分野です。下記の論文では不織布へのヒドロキシアパタイトによるコーティングが超音波の効果で可能となり、不織布の構造を維持したまま生体親和性が付与されることから、医療等への応用が期待されるとのことです。

化学発光

化学発光は様々な分野で利用されていますが、近年注目されているのが白色発光(White light emitting (WLE))材料です。白色発光材料は、人工照明、ディスプレイデバイス、分子センサーなどへの応用が可能であり、特に最近は有機分子によるWLE材料に関心が集まっています。立命館大学の堤教授は単一素材で白色発光を示す高分子材料の開発を行っています。

Molecular Engineering Approaches Towards All-Organic White Light Emitting Materials
Chem. Eur. J. 2020, 26, 5557 – 5582
http://www.ritsumei-seeds.jp/628

持続可能なアンモニア

アンモニアが二酸化炭素を排出しない次世代の燃料として注目されており、日本はアンモニア技術では世界のトップを走っています。ポイントは窒素酸化物の生成を抑制する燃焼技術と、原料となる水素をブルーすなわち二酸化炭素を排出しない技術で製造することです。出光興産は2021年12月にアラブ首長国連邦から日本へのブルーアンモニアの海上輸送の実証試験に成功しました。出光興産では水素キャリアやボイラ混焼による各社のアンモニア需要に応じられる体制構築を目指すとのことです。

標的タンパク質分解

これまでの薬は酵素である特定のたんぱく質の「活性部位」に入り込んでその機能を止める、あるいは高めることで薬効を出してきました。しかし特定のタンパク質を「分解する」ことはこれまで困難でした。近年の創薬研究の進歩により、特定のタンパク質を分解する酵素に結合する分子と、分解したいタンパク質に結合する分子を互いにリンカーでくっつけた形の分子を使って、特定のタンパク質の分解を起こすことができるようになりました。

エーザイ社ホームページより
https://www.eisai.co.jp/news/2020/news202063.html
国立医薬品食品衛生研究所有機化学部発表資料より
https://www.nihs.go.jp/doc/research.html

単一細胞メタボロミクス

単一の細胞の代謝物を解析する超微量分析の開発が進んでいます。伝統的な生物学の研究方法では、臓器に含まれる複数の細胞種をまとめてすりつぶしていましたが、マイクロニードル・マイクロチップなどのツールの進歩や、MSやHPLCなどの機器分析で極微量でも分析が可能になったことから、細胞1個1個を分離して別々に解析することが可能になってきました。発がん機構の解明など様々な分野での利用が期待されています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?