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デジタルツインと化学産業

最近、デジタルツインという言葉が化学業界のニュースにしばしば登場してくるので、その意味と、化学産業における位置づけについて考察してみました。

デジタルツインに関しては下記のサイトの解説がわかりやすいと思います。デジタルツインとは実在空間にあるデータを集め、仮想空間に「デジタルコピー」として再現する技術です。デジタルツインの元祖はNASAのアポロ計画で用いられた「ペアリングテクノロジー」だと言われています。アポロ13号の宇宙飛行中に酸素タンクが爆発する事故が起きましたが、地球上でシミュレーションを実施し、無事地球へ帰還できた逸話は映画「アポロ13」にも登場しました。2010年にNASAのジョン・ビッカーズ氏がこのコンセプトを「デジタルツイン」と名付け、2017年に米ガートナー社がデジタルツインを戦略的テクノロジー・トレンドのトップ10の一つに選んだことから言葉として広まりました。グーグルマップの中のストリートビューも、一種のデジタルツインといってよいでしょう。
私などは「シミュレーションと何が違うの」と思いますが、大きな違いは ①リアルタイム性 ②現実世界との連動 の2点であるといいます。デジタルツインではリアルタイムで稼働している現実世界のデジタル情報を再現し、それを元に予測を行うので、より現実的なシミュレーションが可能だとしています。

では化学各社の具体的な取り組みを見ていきましょう。

三井化学

三井化学はNEC他数社と協力し、プラント向けデジタルツイン技術「ミラープラント」を導入しました。運転員の手動操作に比べて運転変更に要する時間を40%短縮できたといいます。

DIC

DICは、日立製作所との協力により導入するデジタルツインによって、現場でのサンプリング確認を減らし、品質の安定化、オペレーターの作業効率向上、新製品導入時の立ち上げ期間短縮などを図るとしています。三井化学と同様に、製品切り替えや新製品導入などで発生する非定常運転の効率化に期待しているようです。

BASF

BASFはFRP(繊維強化プラスチック)が建築材料として実際に建築物の中で期待される機能を発揮できるかを予測するために、EUのBIM(Building Information Modeling)プロジェクトに参加します。このプロジェクトは材料のライフサイクルとコストの最適化を目的とする建築デジタルツインの完成を目標にしています。製品の特性予測に計算手法を用いることは従来から行われていますが、ビルそのものをデジタルで再現することにより、より現実的な材料の解析が可能になると見られます。自社の材料評価に際して、ユーザーの使用環境を完全に再現することはこれまで不可能でした。すなわち、建築材料の研究をするために実際のビルを建築することはできず、新しいタイヤ用ゴムを作っても自社で走行試験はできません。すべてはユーザーにおける評価試験に依存してきました。しかしデジタルツインの技術はその壁を壊す可能性があります。デジタルツインで予測された特性は、材料にとって新たな付加価値となるでしょう。

DOW

ダウケミカルはシーメンス(このnoteのトップ画像もシーメンスのサイトからの引用です)と組み、化学プロセスのデジタルツイン化検討を目指したテストベッド(システム開発時に実際の使用環境に近い状況を再現可能な試験用プラットフォーム)の作成を目指しています。

TEVA

医薬品製造のテバは、細胞培養プロセスのデジタルツイン技術を持つインシリコ社と、バイオ医薬品の製造プロセスを改善する契約を締結しました。バイオ医薬品製造においては、バイオプロセッシングから大量のデータが生成されます。 インシリコ社は、細胞培養プロセスのデジタルツインが、生産性の向上と品質の改善、プロセスの堅牢性につながると述べています。

Pfizer

ファイザーはイギリスのCPI(Centre for Process Innovation)と組み、固形製剤の製造検討にデジタルツインを導入することにより、原料の最適化やプロセスの効率化を狙うとしています。

以上、最近の化学産業におけるデジタルツインの応用例をまとめました。デジタル技術の高度化により、現実に近い高精度のシミュレーションが可能になり、製造プロセス開発においては迅速な改良や非定常運転の効率化が期待されます。材料開発においても従来困難だった実条件での評価が可能になり、デジタルツインで予測された特性が新たな付加価値となるでしょう。

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