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リチウムに関する最近のニュース(2022年8月分)

採掘が難航するリチウム

 チリ、アルゼンチン、ボリビアにまたがるリチウム産出地域は「リチウム・トライアングル」と呼ばれており、原油にならって「リチウム界のサウジ」とも呼ばれています。ウォール・ストリート・ジャーナルによる下記の記事は資源ナショナリズムや環境運動により、この地域のリチウムの採掘が難航している状況を詳しく報じています。
・リチウム界のサウジアラビアと呼ばれるこの地域はリチウムの世界確認埋蔵量の約55%を有する。
・中国EV大手BYDは今年初め、チリ政府の入札でリチウムの採掘権を落札したが、チリ最高裁は6月、政府が先住民との協議を怠ったとして落札を無効とする判断。またチリのボリッチ新政権が国営のリチウム会社設立を計画。
・ボリビア政府は数年前にリチウム産業を国有化したがまだリチウムを生産できていない。さらに環境保護派は水資源やフラミンゴへの影響を懸念。
・リチウムトライアングルでの政治の問題がEVの成長の制約になると懸念。
・アルゼンチンは民間投資に積極的、現在リチウム鉱床が2カ所から2031年までに19カ所に増える可能性。

 リチウム・トライアングルと呼ばれるエリアは上記3国が国境を接する砂漠地帯で、地中のリチウムを地下水が溶かし込んで形成された「塩湖」が点在している地域です。

リチウム・トライアングル

 リチウムを含む地下水をくみ上げ、広大な池で天日乾燥し濃縮します。ここまでは、かつて日本でも行われていた「塩田」と同じです。この動画はチリのリチウム企業SQMのルポで、実際のリチウム製造の様子がよくわかります。

チリ

 南米のリチウムをめぐる政治的状況を見てみましょう。チリでは2022年3月にガブリエル・ボリッチが同国史上最年少の36歳で新大統領に就任しました。現時点で世界で最も若い国家元首です。2011年に学生団体の代表、2014年には国会議員に当選という経歴で、リチウム採掘の国有化を政策としています。
 9月4日にチリで新憲法の承認の是非を問う国民投票が実施されましたが、結果は否決となりました。資源ナショナリズム色の強い内容で、草案の第145条で「国は、国土に存在するすべての鉱山、金属ならびに非金属の鉱物、および化石物質ならびに炭化水素の鉱床に対して、絶対的、排他的、不可譲かつ不可侵の支配権を有する」(第1項)、「これらの物質の探査、採掘および使用は、その有限性、再生不可能性、世代を超えた公益、および環境保護を考慮した規制を受けるものとする」(第2項)と定められており、可決されればリチウム国有化政策が推進されると懸念されておりました。否決となったため、当面のリチウム生産への懸念材料はなくなりましたが、ボリッチ政権の対応には引き続き注目が必要です。

ボリビア

 ボリビアはリチウムの確認埋蔵量が世界トップでありながら商業ベースでの採掘がまだ実現していません。ウユニ塩湖が標高の高い場所にあることや、地質学的な問題があることに加え、ボリビアの長年の開発体制にも原因があります。ボリビアは民間資本を導入せず国営リチウム公社(YLB、トップ画像)でリチウムの開発を進めておりますが、技術面で問題があり、外国からの導入も進んでいません。初の先住民出身大統領のモラレス政権が始まった2006年以降、米国大使追放などナショナリズムに偏った政策によりリチウム採掘は停滞しています。モラレス氏は2020年に亡命しましたが、後を継いだアルセ大統領もモラレス系であることから、状況の改善は見込まれていません。

アルゼンチン

 アルゼンチンはチリやボリビアと異なり、リチウムの開発は民間投資を基軸としています。しかし2019年12月に就任したフェルナンデス大統領は6月に開催された米州会議で、リチウムに関する二国間ワーキンググループを発足させることでチリのガブリエル・ボリッチ大統領と合意しました。さらにアルゼンチンはボリビアの国営リチウム企業YLBとも協議を行っており、これらの動きはリチウムに関する地域的な枠組みの構築として「リチウム版OPEC(石油輸出国機構)」といわれています。リチウムに関する政策が大きく異なる南米3国が歩調を合わせることには懐疑的な見方が主流のようですが、かつて原油の生産量や価格について大きな影響力を持ったOPECのような組織がリチウムでもできるのかどうか、今後も注目していきたいと思います。


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