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【昭和のあるある】思い出日記

【昭和のおわりーそして「平成」へ】

あのとき、私はアルバイトで車を陸送していました。
当時、車の中で聞くのはテープに録音した音楽か?ラジオ。
たまたまラジオをつけていてその報道を速報として聞きました。
それまで昭和天皇の御容態が思わしくないとのほうどうはあったものの、
ご高齢ながら勝手に「天皇陛下が崩御する」ということは現実には
考えていませんでした。
しかし昭和64年1月7日に昭和天皇は崩御され、時代は「平成」へと
変わってゆくのでした。
当時の小渕官房長官が『平成』と元号が変わることを告げると、時代は
一気に変わってゆくのでした。
昭和の時代に生まれ、長くその時代に生きてきた者として、新しい時代の
幕開けには違和感を感じたものです。
平成になり時代が変わると、いわゆる「バブル時代」も終焉へと向かい
はじめ、それまで乱痴気騒ぎとも思われる時代を過ごしてきた日本は、
土地転がしや金融、ゴルフ会員権、先物取引など一般の人たちが投資してきたほぼ全ての資産が一気に下落し、そこから暗黒の時代を迎えることになり
ました。
正確には平成2年だったかと記憶していますが、昭和族42年型で大学を卒業
した人たちの就職活動というのは、まだバブルの頃。
OB訪問をしたり、就職説明会に行けば「交通費」が支給され、うまく行けば
大学のOBにお食事をご馳走になるようなこともありました。
しかし、私が就職した年に日本経済は一気に減退してゆき、今までの就職活動とは異なり、学生に交通費を支給したり、食事をするようなことはなくなり、「買い手市場」となったため、その後も大学を卒業しても就職できず、派遣社員として働いたり、就職浪人になる人たちも増えました。
物価は上がらずに給料も上がらない。そんな時代が長く続きました。
実際に能力があってもそれを認めてもらえない人も多かったのではないでしょうか?
しかし、企業に勤めていても常に付きまとうのは『業績悪化』や『収入減』というワードでした。
もちろん、平成天皇が御存命のうちに現在の令和の天皇が即位されるなんてことは予想だにしていませんでした。
しかし、そんな時代でもみんな小さな幸せを求め細々と、確実に歩みを進めていたのではないでしょうか?

【時代に移り変わりと強さ】
ある意味、バブル時代は「勝者の論理」がまかり通っていたのではないかと
思っています。
しかしバブル崩壊後の平成時代は日本の国民は心の豊かさを求めてみたり、
企業は「安くてもいいもの」を作ってきました。
代表的なのは「ユニクロ」だと思います。
それまでは・・・ブランド品=いいもの。の価値観が、安くてもいいものと
された代表格が「ユニクロ」のフリースやヒートテックなどかな?
と個人的に思います。
まさに、日本企業が努力する強さを象徴していると思っています。

次回は昭和の人間が平成を深掘りしたいと思います!

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