2年。

2年前のこの時期、ずっと希死念慮にとらわれていた。

長男の不登校。
中学を卒業して、このままでいいのか。
自分の出来ることは見守るだけでいいのか。
同級生の子達がどこの高校に行ったとかも耳にしたりして、
しんどくて…。
そのしんどさを1人で抱えて、
下の2人はコロナで学校生活が変わった中、
不登校にならないように、
兄の行かないことによるしんどさを共感できるように会話して、
でも、学校に行ってる事を肯定してあげて
家が暗くならないようにと必死だった。

1人になると希死念慮が出てきてた。

そんな中、義父の孤独死。
病気の兆候があったにも関わらず、病院に行ってなかった事実。
私は病気になっても病院に行きたくないな。
さっさと死にたいな。
という気持ちがずっとあるから、なんとなく違うかもしれないけど、義父もそうだったのかもと考えてしまった。

生きるってなんだろ。
長生きして幸せなんて待ってるんだろうか?

義父の件でいろいろとする事があると、
単身赴任中の旦那が家にいた。
お葬式などの時に
支えなきゃと思っていたけれど、
昼ごはんを自分の分だけ買ってきたり、
(普段居なかったから、自分の分は無いだろうと遠慮したのかとは思うが、)
あーこの人は家族ではないんだとことある事に実感してしまって…

【今ならグレーゾーンで人の気持ちを理解するとこが苦手なんだと理解できるけれど…
1から10まで伝えなきゃいけなかったんだと。】


そして、ある女優さんの自死。
ニュースを見る度に引っ張られて、
希死念慮が大きくなって、車の運転はやばいと
なるべくしないようにしてた。

好きなこともやりたい事もなくて、
ただ仕事をして、あとはマイナスなことしか考えられなかった。
毎日、ただしんどかった。


だけど、ある時娘がハマってた「歌い手」さんに目を向けると、
ボカロ曲をそれぞれの世界観で歌っていて、
命に関す曲も多く、涙しながら聴き漁った。
そこから、配信の世界にハマり、
1人の推しに出会い、その人の考え方や発する言葉に気持ちが救われた。
切り抜きチャンネルにもたくさん救われた。
ずっと欲しかった言葉が溢れていた。
優しさと強さが溢れていた。
今も配信の言葉に、
歌声に。歌詞に。
救われている毎日。

そして、その推しのゲーム好きからの繋がりで、
長男の推しと長男のするゲームと繋がり、
会話が増えた。
リビングで会話することが増えた。
ゲームの大会の配信をみんなで見て、応援して会話して、想像も出来なかった時間が流れるようになった。
次男も娘も一緒に見たり、
いろんな配信者さんの事を4人で会話できるようになった。


今は娘は歌い手さんから少し離れてるけど、
あの時に娘がハマってくれたから
今、子どもたちと笑っていられるのかも。
そして、娘の推しでは無かったのに
私の推しに私がはまったからこそ、
長男と近づけたのは
やっぱり必然だったのかもとも思えたり。

そして、推し繋がりの
ゲーム配信者さんの人柄が好きで推すようになったら、
その人は娘と誕生日が一緒で
次男がずっと応援してる配信者さんだった!

いろんなとこが繋がっていって、
やっぱり必然だったんだなと。

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