グリーンのコート

大学生になり、それまで身を守ってくれた野暮ったいセーラー服を脱ぐことになってしまった私は途方に暮れた。明日から一体、何を着ればいいの?

地元で一番おしゃれな駅ビルに行き数着の春服を手に入れ、どうにか大学生活をスタートしたものの、自分のファッションにはずっと自信が持てなかった。何かが違うのはわかるんだけど、何がだめなのかはわからない。なんとなく無難なアイテムを選んでお茶を濁して過ごしていた。

当時愛用していたのは、明るめのアイボリーのトレンチコート。このコート自体は悪くなかったと思う。丈が短めで、背の低い私にもバランスがとりやすかった。大学の入学式用にスーツの上へ重ねてもおかしくないようなデザインにしたが、スニーカーと合わせても違和感のない優秀なコートだった。が、いかんせん他に何を着たらいいのかわからない私は、飽きもせずこのコートばかり着て通学しており、次第に元々アイボリーだったはずの色合いがなんとなくくすんだ風味になり、くたびれた雰囲気を醸し出すようになってしまった。コートちゃんに申し訳ない。

そんな中、大学の食堂に現れた彼女のファッションは忘れられない。

彼女-仮にEちゃんとしよう、Eちゃんは、鮮やかな緑色のトレンチを羽織って私の目の前のイスに座ったのだった。

* * *

目鼻立ちがくっきりとしたEちゃんには華やかなリップが映えて、さらに華やかなグリーンのコートがめちゃくちゃに似合っていた。そもそもグリーンのトレンチコートなんて見たことがなかったけれど、彼女にはもうこれしかない!と思えるほどハマっていた。

何と言って声をかけたかはもう覚えていない、けれどとにかくそのコート素敵!!と熱弁をふるった記憶がある。Eちゃんはにこにこと笑ってありがとうと言ってくれた。ファッションを褒められたとき、変に謙遜するでもなく素直に受け入れる姿も、私にとってはものすごく眩しかった。

Eちゃんはその後も、奇抜な色に髪を染めたり、素敵なピアスを披露してくれたりした。彼女を見ていると「自分の意志で」ファッションを楽しんでいるのが伝わるのだった。私は相変わらず無難な服装に甘んじていたけれど、彼女のセンスに触れるのが好きで、大学在学中はもちろん卒業後も何度かやりとりを重ねていた。

しかし時が経つにつれ、だんだんと疎遠になってしまった。ここ数年は会えていない。

ママになったEちゃん、一度娘ちゃんと一緒に会ったけれど、元気かなあ。

* * *


さて、社会人生活をスタートし数年が経った私の手持ちコートは以下の通りである。

・キャメルのトレンチコート

・ネイビーのダウンジャケット

・黒のPコート

・ブラウンのダッフルコート

見事なまでにアンパイ。面白味もなにもない。いや、それぞれのアイテムに非はないのである。どれもお気に入りなんだが、まあ地味なラインナップ。

そこである冬の日、コートを新調しようと百貨店に繰り出した。狙いはチェスターコートである。今のラインナップ、どちらかと丈が短めなコートに寄っているため、ロング丈のコートを投入することで地味さを解消できないかと考えた次第だった。

お店には狙いに近いチェスターコートがいくつかあった。素材感、お財布事情との兼ね合いも申し分ない。あとは色をどれにするか、というところで、私の目に留まったのは「ミントグリーン」だった。

もちろんグレーやベージュなど、定番色も取りそろえられている。だがぐっと目を引いたのはミントグリーン。ウール素材のためやわらかい印象を醸し出していて、暗い色の多い冬物アイテムの中でパッと華やぐようだった。

(私にこれが着こなせるのか?)

不安がよぎる。でも圧倒的に気に入ってしまった。そして頭には、数年前のEちゃんのコートが思い浮かんだ。

あの鮮やかなグリーンとは似ても似つかないけれど、私も挑戦してみてもいいんじゃないか。

何度も試着し、覚悟を決めて、私は人生で初めて緑色のアウターを手に入れたのであった。


* * *

初めての緑色コートは、想像よりすんなりと生活に馴染んだ。このコートに合わせたいと思って買ったオフホワイトのマフラーは、その他のコートたちとも相性が良く大活躍。その冬は、新入りコートも古参コートもどちらもバランスよく楽しむことができた。

気づけば、Eちゃんのグリーンコートとの出会いから10年以上経つ。

いつかまたEちゃんと会う日には、このミントグリーンのチェスターを披露したい。彼女はあのグリーンのコート、覚えているかなあ…。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?