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不滅の恋人なんて本当は誰だっていいのだ

あるベートーベン研究家の著書にベートーベンの「不滅の恋人」が誰であるかという謎を解き明かそうとするなんとも下世話なものがある
その中では不幸な生涯を送ったとされているベートベンは、実は金も名誉もあって、他人から嫉妬されるほどの成功を収め、収入も相当に高く結局のところ不幸たらしめているのは「耳の病気」と「結婚できなかった」という二つで、耳の障害は彼の才能からすれば大した問題ではなく、最終的には結婚できなかったことが彼の人生を不幸にしているという指摘であった

本気で書いているのかとその箇所を何度も読み返したが読み違いではなかった
彼の人生を辿れば、むしろそんなことが不幸の原因でないことくらいわかるはず

研究家はそれまでになかった視点で自らの研究を論じなければならない
「不滅の恋人は誰なのか?」という点にフォーカスされた偉大な著書ではある
もちろん、著者は理解された上であえて持論を展開するためにお袈裟にしていると百歩譲ったとしても、いささかベートーベンの人生を貶めているように感じてしまう
(とはいえ、この著書がベートーベン研究における偉大な一冊であることは間違いなく、ちゃっかり最後まで興味津々で読み進めた)

幼少期の経験によって、心に抱えた寂しさや切なさ、疎外感などは地位や名誉を手に入れたからといって誰もが拭えるものではない

温かい家庭に恵まれなかったベートーベンが結婚によって心の隙間を埋めようとしたということを言いたいのはわかるが、たぶんそれだけでは彼の心は満たされなかったであろう
しかし、彼の常に感じている思いはそれだけではなかったはずである

ベートーベンに関する書物のうち、特に彼の手記や彼と親交のあった方々の回想などを読んでいると、常にそこには切なさや悲しみが漂っている

自分の音楽が本当の意味で理解されないことへの不満や有名になればなるほど彼へのリスペクトではない下心で近寄ってくる人への警戒心
怠惰な政府や貴族への怒り、素行の悪い弟
想像力を補いきれない不完全な楽器(当時の楽器はピアノを始め、発展途上のものが多かった)
もちろん、恋愛や耳の持病

今とは違う社会情勢や常識の中で、一人の人間として様々な憤りを感じながら創作に勤しんだ

純粋で自分に正直であろうとしたベートーベンには、なんとも生きにくかったのだろう

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