那智の祭り(1)ー火と水の祭り

私が最初に那智に祭りを見に行った時は雨でした。何しろ梅雨末期ですから。集中豪雨ではなかったので朝早くに家を出て、途中雨が止んだのですが、那智に近づくと雨が強くなりました。それでも多くの参拝者がいて、お瀧の前の広場はいっぱいで、上の方の杉の木の下で祭りが始まるのを待ちました。皆さん傘をさして。ところが祭りが始まると雨が止みました。係員が雨が止んだので傘を畳むよう放送しました。滝本での神事が終わり扇神輿が大社に戻り始めるとまた降ってきました。その時、神の霊力を実感しました。それからは何度か行きましたが、雨に遭ったのはこのときだけです。
この祭りについて、大社では「御遷宮御鎮座を偲ぶ神事、神霊を振い起す神事、万物の生成発展を祈る神事」としています。抽象的でよく分かりません。
この祭りは平成27年(2015)に「那智の扇祭り」として国の重要無形民俗文化財に指定されましたが、「那智の火祭り」の名前で知られています。それは祭礼に登場する迫力ある大松明に由来します。この大松明の火で那智の瀧をイメージした扇神輿を浄めることから火と水の祭りとも言われます。五行説では水は火にとっては敵ですが、一方で水は火の元である木を育てますから持ちつ持たれつの関係です。この大松明は、地元の宮大工の方が3月から約4カ月かけて12本作ります。扇神輿の章で説明しますが、この祭りでは12という数字がよくでてきます。重さは約50kg。これを燃やしてしまうのは惜しい気がします。桧で作られていますからいい香りがします。火祭りでは松明は必須アイテムですが、祭りによって形が様々です。こちらのは桶状で真ん中の心棒が桶の下まで抜けており、その棒を持ちます。担ぎ手は地元の方で、滝本での神事が終わった後、那瀑舞(なばくのまい)を奉納します。それはあらためて説明します。
この祭りはいつ頃から始まったのかは不明ですが、主祭神の夫須美大神を花の窟(はなのいわや)から勧請した故事に由来し、かつては寄り木を立てて大神を迎えた後にその木を倒して大神が帰らないようにする神事があったそうです。花の窟は別の機会に説明します。また、大社の神々が年に一回那智の瀧への里帰りをするとも言われています。里帰りにしては日帰りですから慌ただしいですね。
那智は修験道の一大拠点でしたから、かつてはこの祭りにも修験者が関わっていました。それは具体的な神事の際にご紹介します。


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