蓼倉里の三身社(1)ー下鴨神社摂社三井神社の1

『山城国風土記逸文』の最後に「蓼倉里、三身社、称三身者、賀茂建角身命也、丹波伊可古夜日女也、玉依日女也、三柱神身坐、故三身社、今漸云三井社」とあります。ここに書かれているのは、蓼倉郷に三身社(みみのやしろ)があり、三身というのは、賀茂建角身命、丹波伊可古夜日女、玉依日女の三神がおられるので、三身社といい、今は三井社と言っているということです。
 下鴨神社には三井神社が摂社の三井神社と河合神社の末社三井社(三塚社)の二つがあります。
 下鴨神社摂社の三井(みつい)神社は、本社の西本殿の西側に位置しており、南向きに東西に3つの本殿が並んでいます。向かって右から東社、中社、西社です。中社には建角身命、東社には建角身命の妻の伊可古夜日女、西社には娘の玉依日女が祀られています。別雷神を生んだ玉依姫から言うと自身と両親が祀られていることになります。また建角身命が中央に祀られていることから、三井神社の主祭神は建角身命ということになります、下鴨神社の本殿には、伊可古夜日女は祀られていません。
 三井神社は、下鴨神社本社の敷地内にありますから、参拝する場合は楼門の外からになります。三井神社の境内は、3棟の本殿、拝殿(舞殿)、棟門、東西廊下、3つの境内社からなります。これだけ揃えば一つの独立した神社と言えます。三井神社は下鴨神社が創建されるよりも前から祀られていたという説がありますが、その説がうなづける感じがします。
 三井神社の境内社ですが、敷地の西側に東向きに南北に並んでいます。北にあるのが諏訪社(すわのやしろ)で祭神は建御方神(タケミナカタ)、真ん中が小杜社(こもりのやしろ)で水分神(ミクマリノカミ)、南が白鬚社(しろひげのやしろ)で、大伊乃伎命(オホイノキノミコト)。白鬚神社の祭神は一般的には猿田彦神ですが、ここでは大伊乃伎命となっています。大伊乃伎命は、『賀茂神宮賀茂氏系図』には、建角身命の子の鴨建玉依彦命の11世の孫で、その孫の大二目命が鴨建角身命を奉斎していたとあります。大伊乃伎命は三井神社の主祭神の建角身命の直系の子孫であり、建角身命を祀っていた大二目命の祖父ということになります。タケミナカタは大国主の子ですから出雲系の神です。下鴨神社の境内社には出雲井於神社があり、周辺には出雲の地名があります。出雲とのつながりを感じさせます。この境内社三社の真ん中、いわば中心に祀られているのは水の神です。別雷神も水神の性格を持っていますが、下鴨神社は水と縁が深いです。御生神事が湧水の岩で行われていたことからもそれが言えます。三井神社の名前も水に関係します。ということは近くに井戸があるということになります。 
 三井神社の西には、葵の庭があり、その先に神様にお供えするための神饌を調理する大炊殿(おおいでん)があります。この大炊殿の手前に「井戸屋形」と呼ばれる小さな建物があり、これが玉依姫の御神水と言われる「御井」です。そして「御井」の前に「水ごしらえ場」があります。「水ごしらえ場」については既に書いていますが、若水神事を始めとする水の祭祀が行われます。「水ごしらえ場」は磐座であり、ここに末刀神が降臨されます。大炊殿で調理されるのはご飯やお餅などの穀物です。神様の主食です。そういうことからもこの「御井」の重要性が理解されます。ちなみに魚貝類は大炊殿の南にある供御所(くごしょ)にある贄殿(にえどの)で調理されます。葵の庭では、賀茂社のシンボルである二葉葵のほかたくさんの薬草が栽培されています。

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