8月23日(金)の日記

 「乞巧奠(きっこうてん)」の一般公開に行ってきました。冷泉家の七夕の儀式です。会場はロームシアター。新聞記事によると680人が参加したそうとのこと。以下覚書です。配布されたプログラムに鉛筆で書き込んだメモを元にしていますので、誤りがあるかもしれません。

  儀式は蹴鞠から始まり、雅楽の演奏、和歌の朗詠「披講」、そして「流れの座」という歌会で締めくくられます。今回の一般公開の所要時間は約2時間半。プログラムの最後には6人もの結髪師のお名前が掲載されています。

 まずは蹴鞠です。四隅に式木を配した空間に、梶の枝に挟まれた鞠が運び込まれ、よく日焼けした8人の男女が舞台上でそれを「アリ!」「ヤア!」「オウ!」(これらは鞠の精の名だとのこと)の掛け声とともに蹴り合います。鹿の皮を馬の背すじの皮で綴じた鞠の中身は空気だけだそうで、紙風船ならぬ皮風船といった様子です。何度か客席まで飛びましたが、軽くて柔らかそうでした。開始と終了の儀式的な部分は厳かでしたが最中は和やかな雰囲気。解説付きでわかりやすく、見ていて飽きませんでした。冷泉為人氏(当主)が後におっしゃったところによると、冷泉家で執り行われる乞巧奠では、庭がないため蹴鞠を省略するそうです。

  次は雅楽の演奏。鞨鼓(鼓)、太鼓(釣太鼓)、 琵琶、箏が各1、鳳笙(笙)、篳篥(ひちりき、短い縦笛)、龍笛(横笛)が各2という編成。琵琶が彦星を、箏が織姫を象徴しているそうです。最初はこのふたつの楽器が他の楽器と馴染まずに妙な目立ち方をしているように聞こえていたのですが、その説明を読んでからはそこに物語を感じられるようになりました。
 「平調音取」という音合わせを兼ねたごく短い前奏曲に続いて、「越天楽」、「陪臚」と2曲演奏した後、「朗詠 二星」という歌で締めくくられます。とても良いお声の笙奏者がリードヴォーカル(?)となり、笙、篳篥、龍笛各1本が演奏にまわって、残りの全員が歌います。この曲の途中から舞台背景のスクリーンが夕焼け色から夕闇へと色を徐々に変え、さまざまな高さに吊るされた豆電球のような照明が点灯して夜空に輝く星になりました。心憎い演出です。
 ところで、雅楽の奏者たちが出てきたときにステージからお香とも樟脳ともつかない香りが漂ってきました。衣裳の香りか、鬢の油の香りか(ただし力士の鬢の油の香りとはまったく異なる匂いでした)。

 そして披講。七人の女性が集まり、事前に詠まれた和歌を朗詠します。まず読師(どくじ)が歌の書かれた紙を台に広げ、講師(こうじ)がその歌を一本調子で読み上げます。しかるべきところで間を空ける際に、膝に置いた手で拍を取っていました。講師が読み上げたその歌の最初の五文字(初句?)を発声(合唱の先導者)が節をつけて美しく歌いますと、講頌と呼ばれる残り全員が第二句からを合唱します。音の高低にはパターンがあるようですが、七つの歌の朗詠の間にそれを聴き分けることはできませんでした。

 最後は「流れの座」。天の川に見立てた白い絹布を隔てて男女5組が向かい合って座り行われる歌会です。各々が籤引き形式で題を取り、その場で墨をすり、配られた紙に恋の歌をしたためます。歌を書いた紙を扇にのせて天の川の上で扇ごと向かいの異性と交換し、返歌を書いて、再度交換します。歌は、声に出して読み上げたりはせず心に秘めておくとか。なんとも色っぽい。聞くだにぞくぞくわくわくします。乞巧奠ではこの和歌の贈答が「翌朝鶏の声を聞くまで」続くそうです。
 さて今回は一般公開イベントですので、実際の歌会では川を挟んで平行に並ぶであろう男女が扇形に座しています。そして、冷泉家次期当主の野村渚さんが解説者兼インタビュアーとして登場し、本来は声に出さないはずの歌を特別に教えてくださいます。インタビューの段取りにちょっとした手違いがあったようですが、参加者のお一人による見事な対応で、無事に美しく穏やかに終わりました。これぞ京の貴族の心配りと、東国の庶民である観客のわたしは勝手に解釈して感心した次第です。

 最後に現在の当主の冷泉為人さんからの短いご挨拶。儀式が実にゆっくり進むこと、そして長くかかることから「皆さまご退屈なさったのではないかと」と3回もおっしゃいましたが、少なくともわたしには興味深いことばかりで退屈している暇はありませんでした。(ただし、雅楽の演奏に耳を傾けながら「寝る前に聴いたら良さそう」と思っていたので、旋律があるようでなさそうなあの響きをもう10分くらい聴いていたら眠くなっていたかもしれません。)為人さんが冷泉家に婿養子に入られた当初は、「流れの座」で皆が一斉に墨をするその香りが嬉しかったのだそうです。失敗しても堂々としていれば大丈夫と先代に教わったともおっしゃっていました。

 なんとも雅で、学ぶことの多い2時間半でした。好奇心がおおいに満たされました。貴重な機会をいただいたことに感謝しています。数年に一度このような一般公開を行っているそうなので、次回も拝見したいものです。


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