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"東へと向かう列車で①"(ショートショート)

 東へと向かう列車の中にいた。乗っている車両は、満席ではなかった。座席に座ってボストンバッグを抱えたまま、窓の外の流れてゆく景色を見ていた。これから先の生活への不安が、頭をよぎったが、すぐに消えた。列車は、少しずつスピードを落とし始めていた。やがて、終点の東京駅のホームが見え始めて、しばらくして止まった。隆史は、列車から降りた。地下の通路へと繋がっている階段に向かって歩こうとした時、駅の構内にアナウンスが流れた。
「お客様に、繰り返しお知らせいたします。ただいま、山手線の日暮里駅で人身事故が、発生したとの情報が入っております。詳しい事が分かり次第、放送にてご案内させていただきます。」
「人身か…。」
隆史は、そうつぶやきながら、足早にホームの階段を降りて改札を出る事にした。

混雑した構内の中央通路を抜けて、丸の内南口の出口を出た。線路のガード下の脇の通りを有楽町の方向へ歩き始めた。鳩バスの待合室を過ぎた辺りで、年老いたホームレスが座りこんで、どこかで拾ってきたタバコに火をつけようとしていた。

 有楽町の駅の東口にあるコンビニで、チーズバーガーと缶コーヒーと、求人誌を買って、数寄屋橋の公園で休むことにした。

 長かった夏が終わり、時折涼しい風が吹くようになり、ほんの少し、秋の気配を感じるようになった。
「もう少し、がんばって。」
「うん。」
麻里は、母親の美幸と一緒に三島市内の病院で、リハビリを続けていた。2ヶ月程前に、友達の由美と一緒に、由美の弟が出ているサッカーの試合を、韮山のグラウンドで観た帰りのことだった。
 夕陽が、西の空に沈みかけて間もない頃、バイクに乗って国道を走っていると、交差点の横断歩道の手前数10m程のところで、左側の路地から、小学生くらいの子どもが、ふいに飛び出して来るのが見えた。麻里は、子どもを避けようとしてブレーキを踏んだが、バイクは転倒し、車道の左側のガードレールに衝突した。その時、左足の足首を骨折したのだった。   ーつづくー

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