コシヒカれ

コシヒカれ

最近の記事

二十歳の記念碑

気づけば、20才になっていた。 20才になるまで、19才から20才になるということは、ものすごく大きい意味を持つだろうと思っていたのに、私はとくべつ何も変わっていない。 ただ、胸に訪れる感慨のようなものは確かにあって、それがうれしいような悲しいような、さびしいような、なんとも言えないような気持ちがする。 確実に訪れるモラトリアムとの訣別が、手を伸ばせばそこにあること。 ひとは、人々と関わり合いながらも、芯の部分ではひとりで生きていかなくちゃいけないんだなと、ふと肌身で

    • TIME AND TIDE

      毎日つけていた日記をつけなくなって10日経った。 1日のどこかの地点で、それまでの時間を振り返り、書き残す場面を抽出して言葉に変えるという行為がとても苦しく感じてしまうようになった。 ストレス過多ではあるかもしれないけれどそんなに悲惨な日々というわけではない現在の私が、なぜそんな状況に陥ってしまっているのか、よく分からなくて戸惑っているというのが正直なところ。 8歳のころに読んだ『アンネの日記』に感銘を受けて、つけ始めた日々の記録。 それから、日記を書くことは私の日々の

      • カオスパーティーは突然に

        ※お生理に関することを書いておりますので、苦手な方は、ご注意ください。 2回目のnoteにも関わらずディープな話題で申し訳なさでいっぱいです。 でも、これによって数日間の気力をかなり削がれたので、書かなきゃ損かなと思って書く。 この世でどうしても苦手なものというのがわたしにもいくつかあって。パクチーとか、黒板をキィって引っ掻く音とか、高所とか。 あとは、少し特殊かもしれないけれど、好きなひとの前で食べるご飯とか。 わたしは非常にネガティブで、いつでも最悪の事態を想定

        • わたしの青い鳥

          うう〜んTwitterってええなぁと背中のぞくぞくが止まらないのでnoteを書いてしまうことになった。 まとまりが無くなるのが目に見えているが、最後まで書き切ることにする。壁打ちnoteになるのも目に見えているが、それで良い。 わたしとTwitterの関係ががらりと変わって、わたしもほんの少しだけ変わった。そんな変化を、したためたくてたまらない。 Twitterを使い始めたのは、4年近く前、高1の夏のこと。     付き合いも5年目となれば、盲腸くらいの存在感くらいは

        二十歳の記念碑