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私が小説を書くワケ
どうも。今日も自己満noteを描きます。
皆さんは好きなアニメや漫画、ドラマ、小説、ゲームをどのような眼差しで見ていますか?
と難しい書き方したけど、どういう風に好きなの?ってことです。
私はその世界に自分が居れたらなあと思うことが多いです。人生で初めてオモロ‼️と思ったアニメは「結界師」で、何度自分も結界作れたらなぁ…と思ったことでしょう。
「四次元ポケットがあればなあ」「魔術が使えたらなあ」「文化祭の後夜祭で学年イチのイケメンに告白されたらなあ」いろいろあると思います。
私が小説を書くワケがそれです。
以前にもツイートで触れた私の創作小説。ツイッターで呟くまでは、私のこの活動は3人の人にしか言ったことがなかった。(誰も興味ないと思うけど。)
タイトルも掲載サイトもここで公開するつもりは一切ないけど、なぜこんなに私がちょくちょく話題に出すかというと、結構人生の支えになってるからだ。と最近気づいたのだ。
はじめて小説を書いたのは高校2,3年生の頃だったかな。それまでは読む専だった。本屋で買う小説も読むには読んだが、なんせ私は成功譚や幸せハッピーエンドといった生温い話が好みでない。もっと愛憎や嫉妬、絶望が渦巻くなかに申し訳程度の優しさがこぼれるような話がいい。ストライクゾーンの狭い私にとって、分厚い作品を読むのはとても博打的だった。
それに比べると素人の書く小説を読むのは気軽だった。一ページ、なんならあらすじを読めば好みか否かを判断できるし、タグを使って次から次へとサーフィンするのは楽しかった。
私の高校は携帯禁止で、電車での通学時間が退屈だった。そう、暇つぶしに自分の思い通りの話を書いてやろうと思ったのだ。
(もうリメイクしたけど、当初の設定は私の好きなものを詰め込んだだけで支離滅裂だった。)
自分好みの話を書くというのは、読むのと比にならないくらい痛快だった。日々増えるアクセス数やお気に入り数に口元が緩み、筆が乗る。もう通学とは締切間近の課題をするか妄想するか寝るかの時間だった。
そのときの私も病んでたのかな、「もっとこうだったらいいのに」という不平不満を小説にぶち込むようになった。そして現在の完全妄想自己満小説に仕上がった。
人間とは下を見て安心する生き物だ。私は主人公を不遇な立場に置き、思いつく限りの不幸な展開へと貶めた。そんな主人公の、大人たちに傷つけられながら社会を生き抜く様は、私自身を慰め励ましているようだった。いや被害妄想とかそういう話じゃなくてね。
一方で、主人公に羨望の気持ちもある。
主人公は本当につらい時、涙を流して吐き出すことができる。それを受け取った相手は、私がつらい時にかけられたい言葉を主人公にかける。
もはやこの小説は私の精神安定剤であり、執筆作業は自己分析、主人公は戦友なのだ。
どんな結末か全く見当もつかない。たぶん、私が死にたいと思わなくなった時、突然完結するんだろうな。それまではこうやって自分で自分の機嫌をとっていこうと思う。あーあ、何が書きたいか分かんなくなったや。
以上、自己満小説について熱弁する自己満noteでした。サムネの画像、著作権大丈夫かなぁ、おやすみ。
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