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祖父のお仕事 2

 「それが祖父の鍵、ですか?」
 大家は顔の前に鍵を掲げて、じっとその形を眺めている。
 「そうだね。ただ、どうぞと渡すわけにはちょっと行かない。」
 あかりの顔と、ユキの顔をちらっと見てから、大家は青空ばかりを映している窓に近づいてがちゃりと開けた。
 それから鍵を振りかぶって、窓の外へと放り投げた。
 「何するんですか!」
 あかりよりも先にユキが声を上げた。
 「あの鍵の持ち主になるのはそんなに簡単じゃない。さあ探しに行きたまえ。お友達もお手伝いして構わないよ。」
 ユキは怒りで目を大きく開き、窓へ駆け寄って外の様子を確認した。
 あかりも一瞬遅れてそれに続く。
 「えっ。」
 窓の外は、さっき通ってきた草木の繁る団地の様子とはまるで違っている。石畳の道が伸び、レトロな雰囲気の商店が立ち並んでいた。ガヤガヤと人の声も聞こえている。
 「そこから出て構わないよ。鍵は逃げるのが上手だから、すぐそこに落ちているとは思わないことだ。」
 大家は真面目な顔であかりとユキを外に出るよう促す。
 大きな窓をまたいで、二人はしぶしぶ外へ出ていった。


 「なにこれ、どうなってんの?」
 ユキが振り返ると、板チョコみたいに窓が並んだ建物が見える。入ってきたはずの薄ぼけた古いアパートではなかった。裏と表で見た目が違うのか。
 それにこんなところが住んでる町にあっただろうか。
 「手分けして探したほうがよさそうだから、あかりはそっち探して。なんかあったら電話して。」
 ユキはポケットの携帯をちらっと見せて、Y字路の右へ足元をきょろきょろと見ながら歩いて行った。
 あかりも困惑しつつ、Y字路を左へ。
 
 道をいく人々はなんだか影だけのような曖昧な存在だった。ただ彼らは普通に歩き、話し、買い物をしている。怖さは感じなかった。
 存在感はないのに活気がある。しかし誰もあかりを気に留めない。ユキはこの町の様子が気にならないんだろうか。

 周囲を眺めるあかりの前を、三毛猫が横切る。
 影のような人々の足元を、はっきりとした輪郭をもって通り抜けていく。
 鍵を持っている、とは思わないが、あかりは追いかけずにはいられなかった。

 三毛猫は軽い足取りで石畳の上を進む。T字路を右へ、坂道をすこし上がって、またいくつか角を曲がる。
 やがて猫とあかりは喫茶店の前へ出た。濃かったり薄かったりと少しずつ違う茶色のテーブルや椅子が、飴色のモザイクのように店内を構成している。
 道と店内を隔てる仕切りがなく、カウンターで店員の影がコーヒーを淹れているのが見える。猫は当然のように店の奥へするすると入っていって見えなくなった。
 一番道路側のテーブルでだれか手を振っているので視線を移すと、さっき別れた大家が座っていた。
 「やあ来たね。」
 あかりが来ることを分かっていた様子だった。
 「どうして―――。」
 ここに―猫―鍵を持っている―私が一人になるのを―ここはなんなの―鍵とは―祖父は―
 質問が大波になって打ち付け、バラバラに混ざり合い言葉にならない。
 
 「鍵はこっち。」
 大家は立ち上がって喫茶店の脇に伸びる暗い通路へ入って行く。あかりは何も考えられずにその後ろをよろよろとついて行った。

 

保護猫のお世話をしつつ夢の話を書いたり日々のあれこれを書いたり打ちひしがれたりやる気になったりしております。やる気はよく枯渇するので多めに持ってる人少しください。