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286. 蛙化現象に大影響を受けた人

私のことを好きだと言う人間を気味悪く、バツの悪い感覚を覚えてしまうのはなぜなのか。

私の本性をAとする。
しかし私は基本的にBという心の仮面を被り、Aを隠しながら生きている。
私を好くと言ってのける彼らは、AとBどちらに惹かれているのだろうか。

人にはBしか見せてないとすれば、人々はBが好きだということだろう。
だが私はBが嫌いだ。
「私の嫌いなBを好きだなんてやめてくれよ」
そんな感覚が、私の中にあるような。

ただ私自身、「本性Aは絶対に見せず仮面Bだけを見せている」、とは言えまい。
人々は私の本性Aを見透かしているのかもしれない。
ここにおいて、彼らはAを好いていると仮定しよう。
そうなると私は
「Aを分かってるのは私だけなんだ、分かったふりすんなよアホども」
なんてことを思ってしまう。

Aが好かれることに、Bが嫉妬しているような気もする。
さて、ここまでAとBを俯瞰して分析論を書き連ねてきた「私」はAであるかBであるか、はたまた別人格Cであるか。
私の本性はAであるとは言い難くなってきた。
てか本性ってなんだ。


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