生臭と坊主・20

 裂けた左の大腿から血が出ている。
 化け物がもう一撃寄越そうものならこの足では踏ん張れそうにない。それでも気張り、
「来い」
鉄パイプを構えた。
 化け物が右の腕を高く上げた。
 美奈の怒声が上がり、化け物の後ろに豊のベレッタが落ちた。
 化け物は美奈を見た。豊を庇いながらはったと睨み付ける美奈をその肩越しから見た。彼女が、豊が狙われる!
「うおおおおおおおおおおお!!!!!」
慶一はその背後から脳天に鉄パイプを叩き付ける。効いているかなど確認する必要はなく、体が動く限りその頭を滅多打つ。
 三度目の殴打で化け物はとうとう膝を付き、頭を庇い始めた。ならば延髄を打てばよく、慶一は迷わず殴打を続ける。
 化け物の体が前のめりに倒れても、頭を庇う力を無くしても、慶一は殴打を止めない。止められない理由がある。

ぐうたらな親友。
とんでもない事件を持ってくる親友。
自分が知らないことを教えてくれる親友。
自分の店で旨そうに飯を食う親友。
一緒に泣いて、笑ってきた親友。
生まれて初めての親友が、今は死なんとしている。

涙が込み上げてくる。だが、こいつをぶちのめし、島から脱出せねば。豊を救わねば。
 俯せた化け物は頭が潰れ、痙攣さえしなくなった。
 慶一の顔は怒れる明王の形相のまま、荒い息を続けている。落ち着け、落ち着け、落ち着こう。
 息を大きく飲んだ時、美奈が絶望の悲鳴を上げた。彼女は天を仰ぎ、慟哭する。
 美奈の膝の上の豊は眠るには不自然な姿勢であるのに──もう動かなかった。
 慶一の手から鉄パイプが滑り落ちた。
「うそだろ」
それでも力の入らぬ左足を引き摺り、
「トヨ」
親友の側までにじり寄る。
 豊の目は僅かに開いたままであり、頬に触れても反応はない。親友の顔と体からは命が消えていた。

 慟哭したかったのに、緑の光の柱、重い足音がそこまで迫っていると気が付いた。
 茶色の建物の屋根の上に『あの』男女の化け物の顔がある。彼らは慶一と美奈を見つめながら港に差し掛かる。
「畜生」
慶一は涙を拭いながら、力の入らぬ左足を踏ん張り、
「来いよ!」
化け物達に立ちはだかった。

 美奈の隣では不動明王が膝を着き、
……我が友よ……
亡骸の肩に手を乗せている。
……我が力を授けし友よ……

……戎よ……

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