生臭と坊主・8

 豊はまだ調査書を作っている。白紙の汀島の地図に親友が超自然的な力で読み取った情報を記入しながら、スケッチブックで検索したキーワードを繋げながら。
(紙切れが解らん)
どう言う意味だろう?
 スマホが慶一からの着信で震えた。応じる。
「何?」
「事件。暴行」
「はあ?詳しく」

 だから豊は民宿はまべの談話室で暴漢達を簡単に取り調べながら必死の言い訳を聞いている。一人ははまべの若い四代目、もう一人は妙齢の漁師。いずれも屈強な男達だ。
「でも若い子一人で散歩してたし」
「そりゃ下心だって」
頭の悪い言い訳だ。
「下心を起こしてなめてかかった二人が悪いよ。相手はプロのぼっちなんだから。サシで手を出そうものならタマとお別れになるところだったね」
股間を蹴られたはまべの四代目はまたしても股間を庇う。
「まあ、性欲のコントロールが出来ないんだったらタマなんぞない方が平和でいいんだけど。さて、やらかした以上、明日は輪っぱを掛けられる覚悟をするように」
「でも、可愛い子が一人で歩いてたら声掛けたくならねぇ?」
同意の要求、境界性人格障害かな?
「ないな。いきなり話し掛けられたら普通は引くし、最悪こっちが通報されるんでね。君らなんて捕まる覚悟も、悪さしてる自覚もないから、今になって必死になってるだろ?」
「でも税金は払ってる!ナンパの何が悪いんだよ!?」
妙齢の漁師が机を叩いて立ち上がる。ああ、駄目だ、こいつら。
「同じ納税者でも犯罪すりゃ犯罪者だ。解る?」
暴漢達は完全に黙ってしまった。
 ノートをしまおうとしたところで階段から足音が聞こえ、慶一と、左の口角に絆創膏を貼り付けた例の一人旅の女が現れた。

 相原美奈、一人旅をこよなく愛する会社員。その彼女と共にみぎわへの道を戻る。
「鼓田さんみたいに話が解る警官の人は初めてです」
美奈の笑顔に傷付く。犯罪被害者を庇える警官は意外と多くないからだ。
「俺は変わり者なだけさ」
「だろ?人間国宝みたいな奴さ」
同時に言葉を発した慶一は更に言葉を続ける。
「こいつに出会って俺はグレてたのをやめて真っ当になれたしね」
「マジか。でも、それだけ話が解るんなら沢山更生させてそう」
誉め言葉がくすぐったい。
「あのなあ、ケイ。俺だってお前に会えなかったら警官なんて絶対やらないよ?」
「俺だって坊さんになんてなんねぇよ」
「お坊さんですか?」
美奈が問い、豊が答える。
「そうだよ。こいつは親切価格でお坊さん便やってる」
「凄い」
「単に困ってる人から金を取るようなことをしたくないだけさ。だから本業は軽食屋だよ」
「その考え、普通に立派です」
「な?でもあんまり誉めると調子に乗るから黙った方がいいよ」
「食っちゃ寝ぐうたらのお前に言われたかねーわ」
「俺は頭脳労働者なんだからしゃーないっての」
そのやり取りに挟まれる美奈は朗々と笑いだした。

 だが豊の顔は浮かなかった。暴漢達の言動が胸に引っ掛かる。

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