生臭と坊主・13

 汀洞はまともな観光地らしく磨り減った金属の階段と手摺、白熱灯で整備されており、階段を下って進む仕組みだ。天井は見た目よりも高く、奥からは潮の香りがする。
 男の声による祝詞を思わせる呪文が聞こえる。
『疾くと来給め』
何を呼ぶ気だ?それは本当に戎か?
 階段を降りきれば、安全柵のチェーンが張り巡らされた踊り場に至る。そこからは干潮で現れた石舞台が見え、その周囲の燭台が儀式の様子を照らしている。
 5人の狂信者が黙祷し、一人の女は三宝を持って神主の側に座る。神主が呪いの詞を読み上げる。6人に囲まれて仰向けているのは美奈だ。
「警察だ!全員を殺人容疑と虐待容疑、暴行、公務執行妨害で拘束する!儀式を止めて外に出ろ!」
豊は警察手帳を掲げ、勇ましく怒鳴る。
「動かないなら実力行使する!」
警告を放っても彼らは儀式を止めない。儀式の様子、三宝の上で光る刃を見た慶一は推測を親友に囁いた。
「俺の推測が正しいなら、祝詞が終われば彼女は殺される。そして三宝を持つ奴は刃物を持っている」
「よし、行ってくれ。ケツは任せろ」
親友は踊り場の隅にしゃがみ、銃を両手で握る。
 慶一はチェーンが外れている右の壁沿いの道に踏み込んだ。幅は人間二人分ほどで明かりはなく、左に足を滑らせればすぐ隣は黒々とした海だ。しかし鉄パイプなどの得物を持った狂信者の方から討ってかかって来てくれた。
 慶一は怒声と共に鉄パイプを狂信者に打ち当て、海に叩き落とす。しかし次の狂信者は銛を真っ直ぐに突き出し、慶一の肩を薙いだ。だが慶一はその隙に乗じて一気に詰め寄り、その頭を押して海に叩き落とした。次の狂信者の腹に真っ直ぐな突きを打ち込めば後続の狂信者達は将棋倒しとなり、蹴りを入れれば海に落ちる。海に落ち損なった最後の狂信者は慶一との力量の差を理解してしまい、石舞台の隅へと逃げ出した。
 抵抗可能な狂信者がいなくなった瞬間、しゃがんでいる豊は踊り場から神主の肩を撃った。彼は撃たれた痛みを呻きながら奉書を取り落とす。しかし、
「畏み畏み白す」
と呪いの祝詞は三宝を持つ女が咄嗟に締めくくり、その三宝から刃を取り上げた。振り上げた切っ先が向かうのは美奈の喉──ではない!刃は壁に跳ね返り、石舞台の隅に飛んだ。三宝を持っていた女は手首を庇って呻いており、これも豊が手首を撃ったのだ。
 二人は石舞台に駆け付け、豊が銃を構えて警戒する間に美奈を介抱する。
「相原さん」
頬を軽く叩いても反応はないが体はまだ暖かく、呼吸が乱れている様子はない。眠る体を背負って、
「っ!」
左の肩に痛みを覚えた。考えたよりも傷は深そうだが、その小さな呻きを親友は聞き逃さない。
「後で手当てする。もうちょい頑張れ。後、ゆっくりでいい」
「ああ」
そして豊が再び殿に付く。
 柵のない通路を確実に踏みしめれば美奈の体重が体にめり込む。気を抜けば二人もそこの海で溺れているか、岩場にしがみつく狂信者の仲間入りだ。
 女の怒声で足を滑らせたが、その拍子で転んだ場所は踊り場の端であった。美奈はまだ慶一の背中にいる。
 背後では豊が拳銃を石舞台に構えたままであり、三宝を持っていた女が倒れている。刃物を握り、自らを生贄として首から血を流しながら。
「儀式を冒涜する輩よ!神罰を受けよ!」
肩の傷を押さえる神主が二人を呪う。
「俺達はそこまで暇じゃない。後で輪っぱを掛けるからな。逃げるなよ?ケイ、出るぞ」
「よし」
美奈を背負い直し、階段へと向かう。

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