生臭と坊主・10

 廊下からの足音が近付いてくる。男達の声も。

──こんな今すぐじゃ薬なんて効かんだろ
──でも女房がかなり盛ったから、ふらつくくらいはするだろ。あっちは二人だし大したことない
──今日は生贄が多くていいな。大漁だ
──あの男、ぶちのめしてやる
──開けるぞ

 金属の音がする──鍵が乱暴に差し込まれた!
 怒声と共にドアが蹴破られる!

***

 部屋に現れた屈強な暴漢は4人。先頭はこの宿の大将、後の2人ははまべで取り調べた『あの』暴漢達であり、最後尾の1人は初めて見る顔だが手にはモップの柄を持っている。しかし豊は4人の暴漢を見ても冷静であり、早くも一悶着の勝利を確信している。暴漢達の知性のない目を見たからだ。 
「夜食をしようにも寝ようにもあんた達、うるさいんだけど?」
襖の縁に凭れ、煽る。
「で、何の用?遊んでくれるのかい?」
脳天気な挑発に先頭に立つ暴漢A──みぎわの大将──の怒りが爆発した。つまり、勝ち目のなさを理解しても認めたくないのだ。
「やるぞこらぁ!」
予想通り真っ直ぐな右の拳が飛んできた。姿勢を下げた豊はその懐に入り、Tシャツと左足を掴んだ。暴漢Aが殴り掛かる力を利用し、その進行方向──豊の背後に投げ飛ばす。暴漢Aの体は直角の壁にぶち当たり、揉んどり打つ体は慶一が浴衣の紐で拘束した。
「で?」
豊は残った暴漢達に肩を竦め、逃げるか、戦うかを選ばせる。
「やっちまえ!」
最後尾の男が怒鳴り、暴漢は飛び掛かる。但し、ドアと襖を一人ずつ抜けねばならない。つまり、部屋に呼び込めば慶一と2対1の戦いになり、利は存分にこちらにある。
 豊は暴漢Bの拳を紙一重でやり過ごし、拳を掴む腕を捻り上げた。拳を封じられた男は豊の盾代わりにされ、暴漢Cの拳を受けることになった。哀れ。
 仲間を殴る事故を想定出来なかった暴漢Cの頭は混乱し、暴漢Bの体を背後に投げ捨てた豊は──奴の追い討ちは親友がやる──暴漢Cの隙だらけの腹に拳を叩き込んだ。前屈みになった上体、その顎に真下から更に拳を叩き込めばその体は廊下に飛び出した。
「くそ!」
最後尾の暴漢Dがモップを振りかざし、大上段から豊の頭を狙う。

がつん。

暴漢Dのモップは客室ドアの上枠に引っ掛かっている。
「え、あ、あれ?」
その混乱する顔の間抜けなこと!
 豊の脇を進み出た慶一はモップを暴漢Dから取り上げ、短く持ち、正眼の構えを取った。瞬間、慶一は鬼の形相になった。
「きええええーーーーッッッ!!!!!!」
素早く手首を打ち据え──スポーツチャンバラ歴10年以上ーーーーッッッ!!!──そのまま喉にモップの先を突き入れた。地獄突きを食らった暴漢Dは廊下に吹き飛び、噎せ悶える。
 親友を誉めたかったが、美奈の保護が先だ。その思惑は遠ざかるエンジン音と騒ぎで挫かれた。美奈が拐われた!
「追うぞ。お前は荷物を。俺は大将から鍵を失敬する」
「よし」
「後、それ持ってけ」
慶一が持つモップの柄は立派な武器だからだ。

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