生臭と坊主・17

 軽トラックは緩やかなカーブに差し掛かり、少し減速する。その行き先には緑色の街灯に照らされる5人の島民が道路の真ん中にいる。急ブレーキを踏んだ。
 彼らはみぎわで一悶着やらかしたその大将を含む暴漢、そして女将は大漁旗を持ち、
「戎様の御降臨」
とぼんやりした声を揃えながらまだ嫌な光を放つ神社を目指す。慶一は身を乗り出し、
「おい、あんたら」
制するべく怒鳴ろうとしたが、その口は豊に塞がれた。
「静かに。刺激をするな」
「でも」
鋭く囁く豊が手を放してくれた。
「狂信者に会話は通じない。下手すりゃ殴り掛かってくるぞ」
「でも化け物が」
狂信者達は軽トラックをすり抜けてしまった。
「化け物に会えば泡食って逃げてくるさ。俺達は逃げて、同僚やら海保やらに事の次第をきちんと連携する。幾らあんな化け物でも特殊部隊や海自が出りゃ勝てるだろう」
窓越しに肩を強く叩かれた。港へ行けと言う意味だ。

 港の入り口に軽トラックが差し掛かり、慶一は視界に入った島民を気にしながら駐車した。豊が美奈を連絡船待合所のベンチで寝かせる間、慶一は今度こそ港の周辺に廻らせる。
 港、そしてこの島の灯りは離島価格の自販機含めて全て嫌な緑色を放ち、人間を化け物、建造物を亡霊のように照らしている。
 道路や窓からは高齢者や子供が山向こうの嫌な光の柱を拝んでいる。道路にいる人間だけにでも化け物の接近を警告しようと年老いた女に声を掛けようとした。
「あの」
「この罰当たり!」
凄まじい剣幕と怨霊の顔で怒鳴られた。
「戎様の島を荒らすなんて、何て罰当たりなんだ!お前たち、戎様が祟るよ!」
親切が頭の悪い暴言で遮られ、頭に血が上りそうになる。
 背後から豊が肩を叩き、美奈に目配せをした──相手にするな、美奈が起きた──と。慶一もベンチの側に駆け付けた。
「大丈夫か?」
「何?」
彼女は事態が飲み込めていない。
「体におかしいところはないか?」
傍らで膝を着く豊が問う。
「頭がくらくらする。後、あちこちぶつけたのかな。ちょっと痛い」
答え方がふんわりしている。
 背後からの静かな騒ぎを見た。高齢者と女、小学生くらいの子供達が得物を持ち、
「こいつらを戎様の生贄にしろ!今度こそその女もだ!」
と年老いた男が三人を指差す。その数は6名、大人達は気色ばみ、子供達の目は虚ろだ。
「ちょっと待ってよ!幾ら何でも」
弱い者相手とは戦えない。
「本当に殺る気?警告してるけど、いいの?」
豊はリュックサックに差し込んだ鉄パイプを悠々と引き抜いた。
「そう言うこと」
この島における自身の立場を理解した美奈もふらつきながら進み出ているが、頭を振り、
「あったまきた!全員ぶっ殺して鮫の餌にしてやる!」
今度は美奈が啖呵を切り、びしりと半身を取った。彼女も殺る気だあッッッ!
 狂信者は三人を追い詰めていく。乗船場は袋小路であり、落下防止柵を越えればそこは海だ。しかし、
「警告を聞かないんなら、正当防衛ってのを教えなきゃな」
「レイプ魔達のタマ潰したのを思い出したわ」
身構える豊も美奈も自信と狂気の笑みを緑の灯りの中で浮かべている。
「いや、君ら、落ち着こう。これは流石に、ちょっと、ね?」
 女の悲鳴が不穏な人物との間に割り込んだ。
「助けて!化け物!!!」
男が道路を汀浜方面に駆け抜けて行った。
 次に現れたのは民宿みぎわの女将だ。彼女は視界の右隅で転倒し、背後の追っ手を見て、絶望の極みとも言うべき悲鳴を上げた。
 豊に右目を撃たれた竜の化け物も左から低空を飛びながら現れ、その触手のある尻尾でみぎわの女将の体をかっさらった。竜の化け物はそのまま道路沿いに飛び、逃げた獲物をまた追う。

***

 豊は山向こうの空を見た。
「!?」
視線の先にあるべき緑の光の柱は左側に動いてしまっている。
「近付いている?」
慶一が問う。
「ああ、来るだろうな。あのお二人さんに来られたらもう終わりだ」
 正面で殺気だっていた狂信者達は呆然としているが、
「何、あれ」
美奈が漸くして問いを呟いた。
「ゲームの世界に入っちまった、とでも言えばいいかな」
自分の考え付く比喩で説明してからその肩を叩けば美奈が息を飲んだ。目には正気の光が戻る。
 右手の奥からは騒ぐ声、ガラスなどが破壊される音がする。暴れ回る化け物共が港に気付くのは時間の問題だ。
「誰でもいい。漁船を操縦出来る人は?」
豊は未だ呆然とする島民達に問う。
「俺ならやれる」
老人が掠れた声で答えた。
「じゃあ、あの化け物に気付かれる前にここを出よう。他にも化け物はまだいるんでね」
彼は狂信者の知能で豊の言葉を理解しようとしている。
「無理に理解しなくていい。死にたくないなら船を出して」
「案内する」
「でもみんなパニクってるぞ」
慶一が腰を抜かした老婆を支えて言う。へたり込む女、事態についてこれずに泣く子供もいる。
「無理矢理でも連れていくしかないよ」
「しょうがないわね。来なさい」
美奈は女と子供の手を引き、慶一は老婆を背負った。得物を拳銃に切り換えた豊は殿を守る。

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