生臭と坊主・22

 二匹の化け物が、港のコンクリートが、視界の中のあらゆる物が金色の光に照らされ、化け物達はその光から目を庇っている。
 慶一は振り返り、我が目を疑った。

 死んだ筈の豊が立っている。光に包まれ、否、光を放ちながら堂々と、ゆっくりと近付いている。

 そして化け物の前に立つ。
「我は戎、真心と恩に福を以て応える者」
その声に荘厳な響きがあり、豊は豊ではないと理解した。その存在感は体の芯にまで響くが、化け物達のように恐怖を放つものではない。大いなる力を持つ味方の存在に体が震え、心臓が力強い鼓動を取り戻す。
(神、戎神!)
つまり、そこにいる存在と対等に戦える者、七福神の筆頭、数多の神と習合し、大いなる力を持つ者!
 「ダゴンとハイドラ、クトゥルフの分霊にして深き水底にあるべき者らよ」
そう呼ばれた化け物達は豊を、戎を見つめている。
「この地に流れ着いたのは災難であったな。主らをあるべき地に導こう。ハイドラよ、式神を下げてくれるか?」
ハイドラと呼ばれた化け物が小さく頷き、左手を高く上げる。ややあって山の向こうから竜の化け物がその手の上空に現れる。ハイドラが竜の化け物に何かを言うと、その姿は薄くなり、背景に溶けて消えた。
「ありがたいことぞ」
戎はハイドラに微笑み、
「さて、眷属に旅路の案内(あない)をさせよう」
港の向こうの海を指差す。
 緑の光をぬるりと跳ね返す夜の海から、水面下から金色に輝く紅色の鯛が身を翻して飛び上がった。鯛は一度海に戻ったが水面から顔を出し、鰭を使って化け物達を招く。美奈は──傍らの不動明王の招かれるように──立ち上がって道を開けた。
 ダゴンが連絡船の乗り場から勢いよく海に飛び込む。そして水面から顔を出し、ハイドラに何かを言った。ハイドラは幾分か優雅に飛び込み、ダゴンと頷き合ったが──結局はハイドラと水面下に潜った鯛を追った。

 夜の色が正常に戻る。
 豊の体を借りた戎の足元がふらつき、コンクリートに倒れ込む。
「戎さん!」
慶一はその体がコンクリートにぶつかる前に素早く抱き支えた。
「戎さん、しっかり」
「ありがたいことじゃ。大事ない」
支えられている戎は目を細め、嬉しそうに微笑む。
「さて、お主にも福を返さねばなぁ」
戎の微笑みは消えないが、金色の光が消えていく!
「不動明王はよい男に目を着けたのう」
豊の目がゆっくりと閉じていく。

***

 海風を感じる。
 豊は宝船の甲板にいる。

 周囲と背後を見渡せば七福神に囲まれていると気付く。彼らの微笑みは祝福そのものだ。
「もう少しじゃ」
正面の神が振り向き、福顔で豊に微笑む。烏帽子と狩衣に身を包み、釣り竿と鯛を抱えている神が戎と速やかに理解した。
「ほれ」
戎が指差した先に砂浜が見える。その砂浜では、
「おおい!」
慶一が呼んでいる。俺に「早く戻れ」と急かしている。
 戎は豊に、
「慶一に福を返したと伝えてくれ」
嬉しそうに微笑み、七福神達も言葉にならぬ祝福の声を寄越してくれた。

 足元から船が消え、砂浜の上にいる。
「トーーーーーヨーーーーーー!!!」
慶一が嬉しそうに飛び掛かり、
「ケーーーーーイーーーーーー!!!」
豊も両腕を広げた。

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