生臭と坊主・16

 『そいつら』の存在感は圧倒的であったが、それでもまだ『神の分霊』程度とは。じゃあ、本体はどんだけヤバいんだよ。

 荷台から乾いた笑いが上がった。
「俺はあらゆる想定外を想定して生きてきたが、あいつらに比べたら何てことねえな」
豊の笑顔は強大な存在を前にした絶望で気力を失い、
「こんなん、M9でも対物ライフルでも勝てっこないよ」
力なく自嘲している。
「そりゃ無理だ。神の分身相手じゃな。でも『逃げるが勝ち』って言葉があるぜ、天才さん」
親友を言葉で煽り、一瞥した。小さく驚愕する豊の目に光が戻ろうとしている。
 豊の頬に拳をぶちこめばその茫然自失は完全に消え失せた。機転と人生経験に裏付けられた強気が蘇り、
「この野郎。やってくれる」
天才故の狂気と自信が笑顔に浮かぶ。
「このぐうたらめ」
慶一の顔も同じく。
「後で覚えてろ。さっさと港へ。ナビは任せな」
「おう、そうしろ」

***

 エンジン音で龍のような化け物に感付かれた!
 慶一がバックで運転する軽トラックへと飛んで追走を始める。
 美奈を支える豊は据え付けのよくない荷台から道なりを怒鳴って伝える。
「ちょい左。ミラーは見るな。踏み込め」
右手の海に落ちぬよう、左手の叢か畑に突っ込まぬように。 舗装があるとは言えど街灯はもうなく、バックライトと豊の視覚、記憶の中の周辺地図が頼りだ。
 空を飛ぶ化け物の速度は二人の息が合う運転技術に追い付けず、距離を離すことが出来ている。
 左手の奥で叢が途切れるのを見つけた。ここは確か──畑のための倉庫と駐車場だ。
「左、Uターン!」
ハンドルが荒っぽく切られ、軽トラックは倉庫前の駐車場に入った──のに、車体は大きく揺れた。スタック!
「こんな時に」
「任せな。お前はとにかく踏め!」
軽トラックを捕らえる適当な舗装に飛び降りた豊は後部のアオリを押す。後輪は空回り、エンジン音だけが一度、二度と空しく響く。
 龍の咆哮で距離がまた詰まっていると豊は理解した。

 もし──もしもとして──豊の超人的な統合能力が回転を始める──龍の化け物と戦わねばならなくなった場合、武器になるものは3発しかないベレッタM9、背中の鉄パイプ──最悪、外したガンベルトかデイパックを投げ付けるくらいしかない。そもそもそれらが化け物に利くかすらも未知数だ。だが、化け物には顔がある以上、顔面に何らかの攻撃が出来れば怯むのは間違いない──怯ませれば逃げられる。シートだって丸めてぶつけりゃ牽制の武器になる!

 一瞬の閃きは親友への励ましになった。
「焦んな。大丈夫だ。もう一回!」
慶一がもう一度アクセルを踏み込む。
 化け物の光る目が見えてきた。
「炎でも何でも来やがれ」
もう一度アオリを押すと、後輪は平坦の上に乗り上がった。
 アオリから転がるように荷台に飛び乗れば化け物の顔が、口の触手がそこにあった。豊はその目に向かってM9を抜き撃つ。一発目は揺れによって反れたが、二発目は弾丸は右目にめり込んだ!目論見通り化け物は仰け反り、アスファルトで悶えて悲鳴を上げる。
 軽トラックは左折するなり一気に加速し、悶絶する化け物を忽ちのうちに引き離していく。
「く」
荷台の美奈が小さく呻いた。

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