生臭と坊主・5

 薄曇りの空が湿った風を寄越す。岩造りの露天風呂は少し肌寒いが、解放感は充分にある。
「水がカルキ臭くないな」
「ああ、いい水だ」
だの、
「彼女連れてきたかったなぁ」
「いや、いないだろ」
「じゃあ紹介して」
だの、
「背中流すよ」
「サンキュ」
だのと適当に喋りながら旅の疲れを癒す。
 隅のベンチで煙草をやりながら、火照った体を夕方の風で冷やしながら、
「天気は残念だな」
慶一が空を見上げてぼやく。
「明日は晴れるし、涼しくなるから調査にいい」
「そっか、調査だもんな。この旅行」
「まあ、決定的な証拠を押さえりゃ後はバカンスだ。さっさと終えて釣りでもやろうや」
「釣りか、久々だ」
 慶一は俄に息を飲み、ベンチを立った。彼は駐車場を見下ろしに行ったのだ。どうやら不動明王から啓示を得て、残留思念を見に行ったようだが──その推測は当たりだった。
「今日も不漁だって。大将っぽい人がそう言ってるのが見えた」
「今日?」
豊は親友の隣に立って問う。
「時期は?」
「超最近。最悪今日ってことも有り得る」
「マジか。他は何か読み取れるか?」
慶一は意識を駐車場に向けて揃えるために黙るが、顔が疑問で歪んだ。
「紙切れじゃ駄目だ」
「紙切れ?」
「ああ。あんな紙切れじゃ駄目だって」
「何で?」
「知らない。どっちにしても大将は困っている」
「不漁、紙切れ、調べた方がよさそうだ」
「調べるのはいいけど、そろそろ飯だ」
「くっそ。飯じゃなきゃすぐにでも調べたのにな」
やる気が飯で挫かれるとは。

***

 夕食は船盛であったが、
「今日はあまり魚が獲れなかったので」
と大将曰く、魚はすべからく小振りで身が痩せていた。口にすると味気がなく、パサパサした身は口腔と舌に残った──時期外れでももう少し旨味があるのに。その分の埋め合わせは佐波地鶏の焼き鳥と自家菜園の串焼きで賄われた。それらだけでも充分豪勢だ。
「まさか漁師宿でこんなでかい串焼きを食うとは」
と豊は皮肉るが顔は満足げであり、
「でも飯があるってありがたいよ。1泊2食で8000円しないし」
慶一の笑顔には屈託がない。
「それな」
 ジャーに入った炊きたての白米が届くと二人は酒を飲みきり、運動部の少年のようにがっつく。慶一は僧侶であるが、
「殺生以上にフードロスは罪深い」
と肉も魚も綺麗に平らげた。ジャーに残った飯は豊の交渉で夜食となる。
 夕食が卓袱台から消えた。今度は豊がノートパソコンを立ち上げ、液晶タブレットを繋げる。慶一が読み取った残留思念をまとめ、報告書にせねばならない。
「で、ケイはどうする?」
自分の手持ち無沙汰を親友が案じている。
「俺、ちょっと散歩する。もしかしたら情報がもっと取れるかも」
慶一は浴衣を脱ぎ、Tシャツとジャージに着替えていく。
「これ以上取ってきたら俺の脳味噌パーンってなる。取ってきてほしいけど」
「OK。行ってくる」
ヒップバッグにスマホと財布、自転車用の電灯を入れた。
「あいよ。ヤバいって思ったら戻ってこい」

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