生臭と坊主・7

 みぎわを出た慶一は自転車用の電灯で道を照らしながら港へと向かう。港まで街灯の類いはなく、聞こえるのは漣の音と虫の声だけだ。
 静かだから、より多くの残留思念を拾える。

 風に飛ばされた帽子を追う子供。
 島を離れる悲しみを湛えた輿入れ中の娘。
 島民を高波から逃がそうと叫ぶ男。

 強烈な感情からなる残留思念であれば1000年以上昔のものまで慶一は拾うことが出来る。そして今、拾った思念はスマホのメモに記録し、時代が特定出来るなら可能な範囲で行う。気になることも漏れなく記す。そうすれば豊が情報を選別し、事件の手掛かりにしてくれる。
 港に差し掛かったが、街灯と離島価格の自販機以外の灯りはない。ここでも多くの残留思念が拾える。

 嵐で流された船に絶望する者。
 戎様と叫びながら陸に戻った者達。
 友達の引っ越しを悲しむ子供。
 港の工事が遅れ、作業員に怒鳴る者。
 近所の子供を案じながら島を出る女。

 中でも2人の警官に手を引かれ、波止場へと歩く幼い少女の感情は強烈であり、
『何で、何で、何で?』
理不尽な絶望で混乱している。何故?追いたくなった。

 慶一はえびす屋正面で警官達と例の少女を見つけた。
『マコトはどこなの?』
少女からの問いに警官が答えではない言葉を返している。
『一緒に島を出ようね』
『マコト君は見つけてあげるね』
その警官達からは本音も見える。
『可愛くない子だ』
『面倒臭いな』
心臓が氷の刃に貫かれるようだ。だが記録は怠れない、頭を振る。

 えびす屋の斜め向かいの住宅では島民達が集まっている。玄関から現れた女に
『出ていけ』
『島の掟だ!』
と喚き、女は、
『島の掟って何ですか?!あんなのおかしいでしょう!』
と抗議する。

 道を逆時計回りに更に進む。また旗を持った者達が、
『戎様のお通りだ!』
と練り歩いているが、今回は2つの大きな箱が運ばれている。

 思念を追ううちに学校の前に来ていた。学校と言っても校舎は2階建てのアパートのようであり、運動場と体育館はない。隣の公園が運動場代わりであり、目の前の階段を降りればプールの代わりにもなる浜だ。

 その浜の中程で女の残留思念が頭を抱えて座っている。
『この島はおかしい。このままじゃあの姉弟も生贄にされてしまう。どうしたら』

 浜にはもう一つ、残留思念の集団がある。島民達は浜に引き上げられた鯨に、
『戎様のお陰じゃあ!』
と喜び、踊っている。

 浜を更に北へと進む。
 浜の砂の感触は消え、少しの草葉と硬い土を感じた。車輪跡のある道は右手の崖へと続き、棺桶を運ぶ弔いの列はその先の小高い崖を目指している。
『これで終わりだな。やれやれ』
と。

 少し進むと向かいからは弔いを終えた島民達が、
『どうせ見つかりっこないって。この下の潮は激しいし、警察のダイバーだって潜れやしないよ』
『水葬は合法だよ』
と談笑するのである。
『本当か?絶対おかしいだろ』
と中高生くらいの若者はそれを疑問にしたまま弔いの列に着いていっている。弔いなのに明るく、世間話をしているのだ。おぞましい事件を匂わせながら。

 行き止まりは岬のようでもあり、展望台のようでもある。ここでも弔いの島民達は、
『そーっと降ろせ。棺が開いちまうからな』
『いきなりやると、また戎様になるからな。そうなったら漁は出来んぞ』
と小型のクレーンを使って棺を海に下ろしている。
(死体遺棄!?こいつら犯罪者か!)
慶一の脳はその死体と生贄を紐付けてしまった。
(殺人!島ぐるみで殺人!!!)
その推理は恐怖に直結し、慶一を声なく硬直させ、後退りさせる。
 恐怖の呪縛は若い女の悲鳴、否、怒声で解かれた。
「この変態!」
その声と男の悲鳴、
「このアマ!」
男の怒声は少し北側から響いてきた。痴漢か、強姦か。何れにせよ助けねばならない。
 電灯を便りに木立を抜け、県道に出れば、穏やかではない現場がそこにあった。
 男の一人は股間を庇ったまま県道で悶えている。
 もう一人の男は馬乗りで組敷く女に平手打ちを食らわした。しかし、
「しゅっ!」
小さな息を吐いた女も負けじとのし掛かる男の顔に掌底──掌底!少なくとも彼女は武術を嗜んでいる!──をえらの下から叩き込む。しかし男は大きくぐらついても馬乗りのままであり、彼女は明らかに不利だ。
 女にのし掛かる男を引き剥がし、
「オラッ!」
その顔に肘をくれてやれば暴漢Aも道路に転がった。
「大丈夫か!?」
と女に問えば、女は口の中の血を吐き出しているところであり、ちょっと格好いいと思ってしまった。
「ありがとう。大丈夫」
「いやいや、口切れてる。手当てしないと」
股間をやられた暴漢Bがのろのろと立ち上がり、女はツカツカと近付いて言い放つ。
「最低!あんた宿の息子でしょ!本当、最低」
「ま、マジか」
慶一が問えば女は頷いた。
「散歩してたらこいつとそいつが『島を案内してあげる』って言ったの。私は『一人で散歩したい』って断ったら襲ってきたからぶちのめした。そしてこの様」
と殴られた左の頬を指差した。
「警察に通報するわ」
暴漢達に毅然と言い放てば、
「止めてくれ!宿泊代は返すから!」
「不漁で商売上がったりなんだ!これ以上悪い噂が出たら本当に困る!」
情けない声で懇願する。
「知るかぁッッッ!人を襲っといて甘ったれたこと抜かすな!はまべは危険だって旅行好きにもツイッター、フェイスブック、インスタにも拡散してやるわよ!宿の従業員が宿泊客をナンパした挙げ句に女の顔を殴ったんだからね!」
女は正論を勇ましく捲し立てれば、暴漢達は返す言葉を失った。
「そりゃあんたらが悪いわ」
慶一は肩を竦めた。
「とにかくさ、宿を出てみぎわに泊まったら?犯罪者と一緒の宿なんて嫌だろ」
「絶対嫌」

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