生臭と坊主・1

【さなみ郡連続失踪事件】
2020年3月某日
汀島にて木村友里が失踪

2018年11月某日
汀島にて増田祐一郎と石田はるかが失踪

2013年6月某日
汀島にて田中博人が失踪

※最初に捜索願を提出したのは全件汀島内の宿泊施設からである。

この件について特捜部としての捜査は不可能と判断し、超特チーム(鼓田豊・佐藤慶一)に連携・引継、及び委託する。

***

 高速道路を銀のスポーツカーがおぞましい場所を目指して突っ切って行く。

 運転手は動きやすくもお洒落な服とキャップ、若者。キャップの中はさっぱりした短髪だ。
 助手席には黒いTシャツとくたびれたジーンズ、少し無精な黒髪の若い男だ。但し、彼は胸板に大きな兎の縫いぐるみを乗せ、『ぐう、があ』と鼾をかいている。

 他に連れはいない、と言うか、男二人旅である。車が車だけに助手席の存在の何と虚しく、残念なことか……。


 「なあ、ケイ」
助手席の男が眠そうに起き、
「何?」
「そろそろ、小籠SAだな。降りよう」
縫いぐるみを抱えて運転手の顔を覗き込む。ケイと呼ばれた運転手は笑いを吹き出す。
「また食うの?俺らさっき流石のSAで昼飯食ったじゃん」
「でも旅行だぜ?食わなきゃ」
「お前、食ってばっかじゃねーか。つーか、旅行でもSA巡りでもねえし」
「固いこと言うなよ。真面目に調査だけとか出来る?」
「それは絶対無理だわ」
二人の顔には何れも笑顔があり、間柄はそれだけ気易い。
「小籠はイチゴ果肉ソフトが旨いよ?ケイはイチゴ好きじゃん?」
「うん、好きだな。イチゴミルクなんて最高」
「じゃあ行こう。デザート、食うぞ。後、煙草」
「悔しいけど、行こうか」
ケイこと佐藤慶一は痛し痒しと笑う。

【佐藤慶一(サトウケイイチ)】
29歳・飲食店の共同経営者
佐藤慶日名義でお坊さん便も兼業

【鼓田豊(ツヅミダトヨ)】
29歳・特捜部の刑事
階級は警視だがキャリアはなし

***

 二人が佐波半島に到着したのは午後2時半。半島西端の佐波港から汀島までは連絡船で赴くが次の便は16時、豊の車を駐車場に預けても時間はある。
 駐車場から徒歩2分の連絡船切符売り場は軽食を扱う売店も兼ねており、一見すると大抵の人間は解らない。だが豊は目敏く、カウンター上の料金表を見つけ、売店前のベンチを待合所として紐付け、一瞬で理解した。この食っちゃ寝男は軽食のメニューを見つけただけではないのだ。
 売店の品揃えはコンビニ並みに充実しており、佐波土産、剃刀やタオルと言った日常品が所狭しとある。慶一はそれらに感心する。
「色々あるのな」
「ああ。その分汀島は何もないってこった。困らないようにがっつり買っとけ。後、水もな。離島価格の可能性もあるし」
「あ、そっか」
豊が持つ籠は飲料水や菓子、地ビールを含む酒類で溢れる。
 カウンターの呼び鈴を鳴らせば中年太りの女が奥から愛想よく現れた。
「はーい、いらっしゃい」
この愛想は仕事向けの愛想ではなく生来のものだ、と豊は理解した。彼女の体格、人相、肌の色艶、目の光、雰囲気の全てを一瞬で読み取り、統合した結果だ。
「これと、汀島の往復券。2人分」
「はい。往復券2人分は1600万円ね」
「わあ、たかーい!しゃっきんしなくちゃー」
財布を出した豊がわざとらしく驚くと慶一と女店員は吹き出す。
「払ってる、払ってる」
「ここはボケとかないとな。後、連絡船スペシャルかき氷下さい」
「はい」
「また食う?!」
「食うよ、俺は。時間あるし、佐波名物の柑橘を食って時間を潰したい。ケイは?奢るよ」
「じゃあ柚子かき氷」
「お持ちしますんで、ベンチでどうぞ」
「はい」
「後、往復の船代の領収書下さい。名前はなしで」
購入物をリュックに詰めた二人はスタンド灰皿に近いビーチテーブルに掛ける。豊は領収書に『特捜部 鼓田豊』ときっちり書き込んだ。
 季節は初夏を過ぎた平日、耳に漣の音が蕩けて入ることを除けば静かだ。今日が休日なら佐波の小さな漁港町は旅行者で若干賑い、今日が真夏日なら真上のビーチパラソルが溶けそうな匂いもするだろう。
 「はい、お待たせ」
例の女店員がかき氷を持ってきてくれた。
「でっかい。と言うか、豪華だ」
連絡船スペシャルかき氷には白玉と柑橘がたっぷりと盛られ、果肉入りの柚子蜜が掛けられている。二人は写真に納める義務感に屈した。
「俺もそれ頼んだらよかったなぁ」
「帰りに食うといいさ。頂きまーす」
「俺も頂きます」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
 大の男二人は両手をしっかり合わせてから満面の笑顔でかき氷にがっつく。
「柚子シロップ旨いな。さっぱりしてる」
「甘過ぎない」
「それさ、店に持って帰ったら?デザートのレシピに丁度いいぞ」
普段は共同経営の飲食店で働く慶一に柑橘を土産に勧め、
「いいかもしれんね。柑橘は色々使えるし」
慶一はスマホのスケジュールに土産をメモする。
「店にも共有しとこう」
「そうそう。で、俺が食いに行くと」
下らない話は続くのだが、慶一が乗船場を凝視している。

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