カラムシ
ブンブンスカイファームには、カラムシが生えている。刈り取ってもまたすぐに伸びてくるカラムシ。
子供のころは、カラムシという名前は知らなかった。他にも似た植物はたくさんあるので、全てひっくるめて麻だと思っていた。
根ごと引き抜くのは難しいから、茎を鎌で刈りとる。またすぐに伸びてくる厄介な植物だ。
縄文時代にはカラムシで織った布があったというので、稲と共に日本に渡ってきたのではないかという。ずいぶん古い帰化植物だ。カラムシの繊維で織った布について調べてみると、今では高級な織物として越後、能登、近江、宮古、八重山で織られている。約2000年前、崇神天皇の皇女が中能登地方で機織りを教えたのが起源らしい。
雪国でカラムシの糸や布を、雪の上に置いて雪をかけて溶けるの待つ。綺麗に漂白される。雪が溶ける時に水素イオンが発生して漂白するのだという。まだ化学がよく分からない時代に、化学的なことが行われていた。
宮古や八重山でおられる上布は、南の風土に合った方法で織られていて、こちらも大変貴重な織物である。
織物といえば絹織物がある。日本には弥生時代に養蚕と絹の製法が伝わっていた。品質が中国絹にははるかに及ばずすたれていったようだ。その後紆余曲折があり、江戸時代中期には中国絹と肩を並べるまでに向上した。幕末から開港後は絹が日本の重要な輸出品となったのである。
奄美大島などの南方地方で生産される大島紬。これは100%絹織物である。
テレビのプレバト俳句の夏井いつき先生は、素敵な大島紬をお召しになっている。いいものは、テレビ越しでも分かる。義父が着物問屋をしていたこともあり、いい反物を見ていたので、夏井先生の着物にはいつも目がいっていた。
その着物を提供しているのが、高校時代の同級生だと蓑部厳夫先生に教えてもらった。同級生は都城市で東郷織物という工場を営んで、大島紬や薩摩絣を製造販売している。同級生の祖父にあたる方が、太平洋戦争が終わりに近づいたころ鹿児島に疎開して、都城に移住し工場を開いて現在に至るという。
カラムシから大島紬まで織物のことを述べてきたが、今私の頭の中にあるのは持統天皇の歌だ。
春すぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山
この白い衣は、ひょっとしたらカラムシで織られていたのではないか。
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