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"海ばかりをみていると誰かの顔を見たくなる" 休日の速度を取り戻すための備忘録

プロジェクト架橋で怒涛のスケジュールをくぐり抜けた(最中)の僕は、完全に休日の速度感を忘れかけている。

休日の魂のリハビリ(?)を兼ねて、ひとまずこの曲を片手にまずは海へ行くことを決めた。


━━海ばかりをみていると誰かの顔を見たくなる。

誰の何処の記憶かは忘れたが、鳥が巣へ帰るのかすーっと空を飛んでいく姿や、やけに広くグラデーションに淡く伸びる夕焼けが、過去の記憶を引っ張ってくる。PorterRobinsonのライブアルバムを聴きながらぼんやりと先を見つめる。ピアノの繊細な旋律とリズムが波音とマッチして少し贅沢。落ちサビも目の前の景色に引っ張られ自分の網膜が拡張されるイメージでより立体的に世界が見えるようになる。観客の声も相まって強いカタルシスが押し寄せる。立体的になった目の前の景色は、輪郭を帯び始め、記憶と共にやがてそれが一体となり肖像画のような顔が浮かんでくる。それは誰でもない何かであり、誰かである何か。それが誰かであるかなんて発見するか推測するかしかないが、やはり誰でもない。
夏がフェイントした生ぬるい秋の潮風が吹いている。誰れかの顔を見たくなってきた。連日怒涛のスケジュールを潜り抜けて、休日の過ごし方を忘れた僕。魂が老いないようにリハビリ的な活動をここに書き連ねる。

海を立ち去る頃合いだと感じた時、僕は少し人の多い場所に行ってみたくなった。目的地を少し自転車を走らせたところにある神社にする。プロジェクトがかなり佳境で体がボロボロだったので、自転車のスピードもいつもより出ない。動かさねば。
人間は不思議なもので僕の一番やばかった時の記憶は3秒ほどしか残されてない。1日がこんなにも短く感じるのかと社会人1年目の夏の終わりに痛く味わっている。(さっき起きたのにもう夜だみたいなことが最近結構ある)大概、そんな時は理屈も強引だし、親切心も欠けている。でも進めないといけないことはたくさんある。そんなこんなをしているうちに体が不思議とそのスピードに慣れていく。そのスピードは休日とは全く異なるものだから、多分今日の僕は以前の僕と比べて休日の過ごし方を忘れてしまっていると思う。

俺たちは傷ついて ダウンしていたときもある
なあ プライドなんてなかったんだ 
どこに行こう?なんて気持ちで世界を眺めてたんだ
なあ 俺たちはポリなんて大嫌いだ
ストリートで俺たちを殺そうとしてる
なあ 俺は神父の扉の前にいる
ひざが弱って 銃をぶっ放しちまうかも
でも 俺たちは大丈夫だ

Kendrick Lamar「Alright」

「ダウンしたあとは、たくさん寝たり、音楽をいっぱい聴いたり、ゲームをしたり、料理をしたり、散歩をしたりしてあげるだけだけでいいさ。怒涛に折り重なった時間の糸を一旦手放してあげて、もう一度ベースを作ってあげればいい。そこから未来を考えればいい。大丈夫、楽観は本当に大事だから。」脳内のカラスが僕にそう語りかける。「オーライ。提案にのった!」

行き先はとある神社。以前に二度合掌しに行ったが、メインイベントのおみくじコーナーが営業時間外でやってなかったためにここに来るのは3回目だ。後で知ったのだが、神社域に入ったら、境内で会う人には全て丁寧に会釈するなどのルールがあるらしい。ダウンした僕のメンタルには難易度の高い要求だったが、海に出ていたせいか、行き交う人になんだかホッとする自分がいた。

無事メインイベントを終えた僕は散策を始める。3回目ともなるとちょっとは冒険心が芽生え、いつも通らない小さな小道を進んでみる余裕も生まれてきた。その小道は軽い上り坂で隠れた場所にある。好奇心のまま進んでみると、少し先に小さな看板が見える。ドリンク+ケーキで300円という時代が止まったかのような看板が申し訳なさげに道の脇にある。果たしてこの看板は機能しているのだろうか。窓には“オープンしてます”とポップな字体で書かれているが...幾ばくかの不安を感じるがまぁここまできたのなら入るほかないと僕は決心する。いわゆる古民家カフェというやつで玄関は家そのものだ。叔母さま一人で切り盛りしてるらしく時間がかかると言われたが、今の僕にとっては好都合だった。今の僕にはとにかく多くの時間が必要だ。案内されたのは目の前が森になっている吹き抜け窓の角部屋で、昭和モダンな骨董品や黒電話、サザエさんの漫画が無造作に置かれているが全巻揃っている。境内の真反対にある隠れた小道を上る工程を経たものだけが味わえる贅沢だ。食事を終えると叔母さまに"お世話様でした"と挨拶をした。こう言う場所にくると不思議と語彙も変わる。きっとこれがこの環境で自然な語法だからスッと出たのだろうが、プロジェクトを無事成功させるための語彙や語法だった自分の脳に少しのスパイスが加わる感じは楽しい。

やがて語彙がすり替えられ、その場で直接与えられる言葉や経験に対して素直に受け入れるようになっていく。やがてもっと旅に出たいという余裕が湧いてくる。野ばらのエチュードのイントロが染みるようになってくる。いいぞいいぞ、リハビリのいい兆しを感じている。

トゥルリラートゥルリラー
風に吹かれて
知らない町を旅してみたい

野ばらのエチュード

他愛もない独白を読んでくれてありがとうございます。個人的な発信ではありますが、サポートしてくださる皆様に感謝しています。本当にありがとうございます。