2016年4月の記事(自戒を込めて再掲)

いろいろと調べものをしていたら、2016年に当時連載をしていた月刊ビジネス誌であるBOSS(経営塾)に寄稿した際の記事を発見した。

月刊BOSSは、現在休刊になっており、バックナンバーの取り寄せもできないようなので、以下に備忘録も兼ねて記載します。https://www.fujisan.co.jp/product/631/

もう4年も前の記事だが、ベリトランス から離れ、起業を志していた頃に書いた内容でもあるので、今と心境は似ているなと思います。

あと、この4年で、世界と比べ、日本のFintechシーンが変わらなかったのだなということも、自戒も込めて、再認識したいと思います。


「FinTechの世界的な事例」

FinTechの本質は、つまるところ、金融分野のパワーシフトであると考える。
パワーシフトという言葉は、1990年に、未来学者であるアルビンフトラーによって、生み出された言葉であり、決してインターネットを意識して作られた言葉ではない。しかしながら、こ のパワーシフトという言葉は、最も端的にインターネットの本質を表す言葉であると考えられる。

 インターネットの登場によって、情報の非対称性は、格段に小さくなった。また、イノベーショ ンの主役が、企業から消費者に大きく移行していった。 一方で、これまで金融分野においては、規制の関係もあり、インターネットによるパワーシフト、 つまり消費者への権力の移行が部分的にしか進んでこなかった。具体的には、証券や決済などの 分野であるが、それぞれの分野では大きな変化が生まれた。これが金融全体に波及していけば、 非常に大きな社会的・経済的インパクトを及ぼすものと考えられる。 

本稿では、「FinTechの世界的な事例」を取り上げるが、その中でのキーワードは、「ユーザー エクスペリエンス(UX)」「オープンイノベーション」「高度人材の流動性」である。


FinTechの世界的中心地の一つといえば、やはりインターネットイノベーションの中心でもある 米国西海岸である。「Silicon Valley is coming(シリコンバレーがやってくる)」とは、JP Morgan ChaseのJamie Dimon CEOが警鐘をならした言葉だが、インターネット企業群が金融分野にも進出し、伝統的金融機関に脅威を与えている。 

ただ、その仕組みには、シリコンバレーのスタートアップ エコシステムが大きく貢献している。 象徴的な事例を、幾つかご紹介したい。1つ目は、FinTechブームの牽引役でもあるSquareであ る。スマートフォンを活用した電子決済のSquare社は、Twitterの共同創業者CEOであるジャッ ク・ドーシー氏が立ち上げた会社であるが、立ち上げ期にSequoia CapitalやKPCB、Kohsla Venture等の著名ベンチャーキャピタルだけではなく、VISAやJPMorgan Chace等の大手金融機 関がサービス開始直後から株主に名を連ねている。 上場直前の2014年にシンガポール政府投資公社(GIC)からの出資を受け入れた際には、未上場 ながら、企業価値は7,000億円とも噂された。(現在は、NYSEに上場し、5,000億円前後の時価総額)

また、同じく決済サービスを提供するStripeは、2010年に、当時21歳のPatrick Collison氏が兄弟 で共同創業した会社だが、同氏は18歳で立ち上げた最初の事業を320ユーロ(約4億円)で売却 した実績のあるシリアルアントレプレナーだ。株主としては、前述のKosla VentureやSequoiaが 名を連ね、企業価値は約6,000億円とも言われている。StripeのFinTechイノベーションは、決済 分野に止まらず、2016年3月のオバマ大統領キューバ公式訪問に同行する直前に、”Atlas”と呼ば れる新サービスを発表した。これは、米国外の起業家が、オンラインで、米国デラウェア州法人 の設立とともに、銀行口座を開設できるもので、Silicon Valley Bankとの提携によって実現された。 これによって、キューバはもちろん、日本を含む世界中の起業家が、自宅にいながらにして、米 国でスタートアップ企業を立ち上げることが可能になる。
同氏もアイルランドの出身者であるが、世界中から優れた才能を集め、若くても実力と実績のあ る人物には、機会を提供するという、まさにシリコンバレーのエコシステムを体現した例と言える。

 SquareやStripeは極端な例としても、FinTechベンチャーにおいても、いわゆるユニコーンと呼 ばれる未上場で、多額の資金調達を行う企業が多数存在している。また、ベンチャーであっても、 大企業や行政との密な連携が図れている。 これらの巨額資金が集まる背景としては、IPOだけでなく、大手金融機関やGoogle, Apple, PayPal等のインターネット大手からのM&Aといったイグジット方法が確保されているからであ る。 イグジットがあることで、資金も集まり、優秀な人材も獲得できる。それにより、スタートアッ プであっても、中長期的な視点で、革新的なサービスを生み出すといった好循環が生まれている

そういった意味では、M&A, オープンイノベーションによる事業・人材の活性化も、北米の大きな特徴である。象徴的な事例は、現在Facebookのメッセンジャー部門のトップを務めるDavid Marcus氏であろう。 同氏は、2008年に自ら立ち上げたZong社が、2011年にPayPalに買収されたことで、翌2012年 からPayPalのCEOに就任している。

驚くべきは、Zongは従業員100名にも満たない事業規模で あり、その買収から1年も立たずに、15,000人超の大組織のトップになったということであ る。 マーカス氏がCEO就任する前の、PayPalは大企業病が蔓延しており、イノベーションの機運は 滞っていたが、明るくオープンな同氏が就任したことで、息を吹き返し、eBayからの分離上場 の結果、約5兆円の時価総額をつけるまでになっている。 

そのPayPal復活の原動力の一つも、オープンイノベーションである。もともと、PayPalは、主にオークションサイトでの個人間送金のサービスを起点としている。ただし、2010年前後は、 安定的な収益を生み出す企業向けサービスに傾注していた。 現在、北米の学生などの間で、人気なのは、PayPalではなく、Venmoというスマートフォンベー スの個人送金手段だ。Venmoは、その卓越したUXの良さから、サービス開始から約半年で、 Braintreeという決済会社に買収され、そのBraintreeをPayPalが買収したことで、現在PayPal傘 下の企業となっているが、VenmoがPayPalが傘下でなければ、PayPalキラーの最新鋭となって いたのは、間違いない。

ただし、そのPayPal復活を牽引したマーカス氏も、現在は、同社を離れ、Facebookに所属して いる。同氏の移籍は、Facebookがメッセージング最大手であるWhatsApp(ユーザ数 約10億人)を総額約2兆円で買収した直後であり、現在Facebookにおけるメッセンジャー事業を統括している。

メッセンジャーと決済・金融機能の融合で、世界をリードしているのは、約7億人のユーザーを 抱える中国Tencentであり、日本でもLINE(ユーザー数:約2億人)が決済機能を強化している が、Facebook(Whatsappとあわせた延べユーザー数:約18億人)もその分野で覇権を争うのは間違いないだろう。

次に、その中国に目を向けると、金融自由化が遅れているなかで、FinTech企業が、金融自由化 を先導し、銀行ライセンスを事後的に取得するケースが目立っている。 とりわけ、中国のFinTechを牽引するのは、前述のTencentと、Alibabaの熾烈なライバル争いで ある。検索最大手の百度(Baidu)を含めて、「BAT」と呼ばれる中国ネット巨人3社はECや広告、タクシーアプリ等、インターネットのあらゆる分野で、中国市場を牽引しているが、 FinTechの分野でもそれは同じである。

象徴的なサービスの一つである「余額宝」は、Alipayが2013年6月に開始したサービスであり、 Alipayのプリペイド残高からMMFに振り返ることで資産運用を行えるようにしたものである が、最低金額や期間の制限もないため、ユーザー体験(UX)としては、実質的には普通預金と変わらない。 一方で、金融自由化が進んでおらず、各行横並びの預金金利に対して、余額宝では市場により変 動するものの、サービス開始当初の利回りは、一般の普通預金金利はもとより定期金利と比べ ても高かった。また、金利は毎日残高に反映され、それをスマートフォンを使ってリアルタイム に確認でき、銀行への引き出しも可能なUXの良さはインターネット企業だけあり、伝統的金融 機関とは比にならない。 このような高利回りと利便性の高さから約1年で、約10兆円の資金が集まったと、フィナンシャルタイムズ紙は報じた。10兆円というのは、銀行の預金量で言えば、日本のトップ地銀と同じ レベルである。 余額宝の運用利回りは、サービス開始当初の6%程度に比べると、2%台へと大きく低下してお り、資金残高も伸び悩んでいるが、元々のAlipayの機能である送金や2012年から始めた店舗向け 融資とあわせると、送金・貸出・預金と銀行の主要機能を網羅したことになる。

対するTencentも、同様のサービスを提供しているが、特徴的なのは「オンライン個人間送金 サービス」であり、約7億人のアクティブユーザーを誇るメッセージングアプリWeChatと連動し て、送金を行うことができる。 同機能は、2014年の旧正月にあわせて開始された。中国では、お正月にお年玉を贈る習慣があ るが、WeChatでのメッセージにお年玉をつけて送ることができるといった利便性に加え、取得 できる金額をランダムにするといったゲーム的な要素を加えたことで爆発的に普及し、2014年 の旧正月期間だけで1億人が新規登録を行ったと言われる。 現在、両社の競争は、インターネットを飛び出し、現実世界にも波及している。個人間送金から 始まった両社のサービスだが、ECでの支払いはもとより、タクシーや飲食店・コンビニでの支 払いに活用できるようになった。これまで中国の決済市場は、銀聯の一人勝ちだったが、特に 少額決済においては、銀聯をもしのぐ勢いである。 また、日本においても、セブンイレブンや、ローソン、などのコンビニエンスストアのほかに、 ドン・キホーテや近鉄百貨店などが、インバウンド需要を見据えて、同サービスに対応しているのは、本誌4月号、5月号でも、取り上げた通りである。

このように、FinTechを活用することで、金融自由化を主導するAlibaba、Tencentの両社は、と もにグループ会社で銀行免許を取得し、銀行サービスを開始している。最新のトピックスは、個人向けのクレジットスコアリングサービスである。ビッグデータを用いて、信用力を数値化し、 ユーザーに開示するもので、スコアに応じて、借入上限や利率が変動するマイクロファイナンスは当然として、海外旅行がブームとなっている中国において、各国の観光VISA申請とも連動 するなど金融の枠組みを超えて、利便性を提供することでユーザーを拡大している。

最後に、アジア・アフリカの新興国に目を向けたい。 個人的に、FinTechが与える社会インパクトがもっとも大きいのは、この地域だと考えている。 新興国では、unbankedと呼ばれる銀行口座を保有しない層が多くを占める。2009年のマッキン ゼーの調査に依ると、アジアの約60%、(サハラ以南の)アフリカでは、実に80%の人々が、そ れに該当する。 ただ、そのような層も、携帯電話は保有している。例えば、バングラデシュにおいては、87%の 人々は銀行口座を持っていないが、携帯端末の保有率は50%を超える。カンボジアにおいても、 銀行保有率は5%に満たないが、携帯電話の普及率は90%を超えている。 従来、unbankedの人々は、金融サービスの恩恵を蒙ることができなかったが、こちらもFinTech により、劇的に景色が変わってきている。

携帯電話を使った送金では、ケニアのM-PESAが有名だが、アジアにおいても、上記のバングラ デシュやカンボジアといった新・新興国において利用が進んでいる。
仕組みとしては、いずれも共通するのは、送金者が各サービスの代理店舗(エージェント)など で入金した後に、携帯電話を用いて送金情報を伝え、受取人は同じくエージェントで送金番号等 を伝え、現金を受け取るというものだ。 エージェントと言っても、街中の日用品店や、小さなパラソルの下で飲料を販売しているだけの 店であったりもする。FinTechの言葉の響きとは、ほぼ遠い光景に見えるが、例えば、出稼ぎで都会に出てきている親が、子供や家族に仕送りをする際などでは、かつては年に1−2度里帰りをする際に、現金を直接持参し受け渡すことしかできなかったが、現在では携帯電話を利用して、リアルタイムに送金を行うことができる。 

このようなサービスは、初めは仕送りのような個人間送金に使われていたが、現在では、給与振込などにも利用されており、先進国における銀行口座と変わらないような利用方法が増えてきて いる。 このようなサービスは、当然ながら携帯通信事業者との相性が良く、Vodafone傘下のSafaricom が運営するM−PESAだけでなく、他の国々においても、通信キャリアが主導権をもつケースが多い。 バングラデシュは、規制によって、通信事業者が同サービスを提供できないため、決済・金融プ ラットフォームを提供する企業が、それぞれの銀行と提携しているが、カンボジアでは、最大通信事業者自らが提供しており、既にマイクロペイメントライセンスから銀行ライセンスにアップ グレードしており、他の国々でも、近年では銀行との提携や、中国のように事後で銀行ラインセ ンスを取得するケースも目立つ。

また、このサービス基盤の上に、小口融資を実施するケースもあり、伝統的金融機関である銀行口座を触ったこともない利用者に対して、一足飛びにモバイル金融サービスが提供されている。 このような爆発的な金融イノベーションの担い手の中には、北米等で留学したり、エンジニアと して活躍した各国出身者達も目立つ。かつては、そのような高度人材は、自国で働く機会が限られ、海外で活躍していたが、FinTech分野への資金流入の中、高度知識・技術を活用し、自らの 国に戻り、革新的サービスを立ち上げる機会が増えている。

もちろん、不安要素をあげていけば、キリがない。現在では、多くのFinTech企業が銀行ライセンスを事後で獲得しつつあるが、資産保全といった観点では、銀行ほど厳格な預金者保護がなされているケースは少ない。 また、FinTechを含むハイテク産業は、金融緩和で行き場を求めて資金が北米市場から溢れた結果、アジアに流入していた側面もあり、米国の利上げと、年初からの不確実性の高まり中で、アジアでの大型投資に二の足を踏むVCも目立ってきた。 

ただし、金融という巨大産業を根底から揺るがすようなdisruptive(破壊的な)イノベーション の果実は、Alipayなどの例を出すまでもなく、消費者にとっても、投資家にとっても大きい。

これらの海外事例と比較した場合の日本の課題は、disruptiveなソリューションを展開する Fintechスタートアップが、日本では少ないことである。 その背景には、新興国のようにunbankedな人が少なく、金融サービスが行き渡っていること や、北米のようなベンチャー育成エコシステムが存在しないこともあるだろう。また、規制の強さを理由に挙げる人も多い。 しかし、個人的に最大の課題と考えるのは、高度人材の流動性であると考える。 安定の象徴とも言える金融機関を飛び出して、自らリスクをとる人材の絶対数が不足しているよ うに思う。また、FinTechスタートアップも、自ら金融業者となることを避け、金融機関との提携を模索する行儀の良い企業が目立つ。 

それらの戦略は決して否定するものではないが、かつての金融ビッグバンの時に生まれた第一次 FinTech企業とも言えるオンライン証券各社は、大手金融機関の出身者達が、自ら金融業者とし て登録することをためらわず、インターネットという新しい技術を取り込んだ結果、個人株式委 託売買代金で8割以上のシェアを獲得するなど、従来型の総合証券会社を大きく逆転している。 今後、このパワーシフトの荒波が、銀行や保険業界を襲わないとも限らない。

現在、日本の伝統的金融機関が提供するサービスレベルは、全国をカバーするATM網や、イン ターネットバンキングソリューションなど、消費者としても不便を感じる機会は少ない。だが、伝統的金融機関の高品質なサービスに甘んじているうちに、北米だけでなく、中国やアジア・ アフリカの新・新興国が、次元の違うイノベーションで、追い抜いていく可能性も否定できな い。 

規制の存在をイノベーションの阻害要因として挙げる人は、かつては多かった。ただ、2016年 通常国会で議論されている銀行法や資金決済法の改正案や、それに至るまでの議論を見る限り、 金融行政はFinTechの背中を押す姿勢を明確にしている。今後は、民間の努力が試されるフェーズに移行している。海外の事例から学ぶ点は、やはり「ユーザーエクスペリエンス(UX)」 「オープンイノベーション」「高度人材の流動性」であろう。

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