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17.10アメリカ抽象表現主義のコンセプト

 抽象表現主義は1940年代から1950年代にアメリカにて隆盛を極めた芸術の動向です。アメリカは第二次世界大戦で勝利し、世界的に大きな力を握る事ととなります。それに伴って芸術の中心もヨーロッパからアメリカに渡る事となりました。抽象表現主義は芸術の本場の座を手に入れたアメリカにて初めて発生した芸術の動向です。本項ではアメリカの抽象表現主義の制作方法=コンセプトを整理したいと思います。

 抽象表現主義(アブストラクション・エクスプレッション)は1940年代の後半から1950年代前半に隆盛を極めたアメリカの芸術の動向であり、1960年代以降にグロ―バル化や多元主義といった時代が到来するまで、芸術の覇権を握ります。抽象表現主義がアメリカに確立するその背景には国家主導の政策があります。発展国の象徴として、豊かな文化を自国に作り上げる為の政策の一環として芸術文化の育成にアメリカは乗り出し、精力的に芸術に資金を投入します。施設を作り、アメリカの作家たちに対する理論付けを行うのです。1929年に世界的で初めてと目される前衛芸術の美術館ニューヨーク近代美術館が開館します。初代の館長はアルフレッド・バー・Jr(1902-1982)です。アルフレッド・バー・Jrの企画による1936年の「キュビズムと抽象芸術」はキュビズムから構成主義などが紹介され、カタログに掲載された系譜図(上図)はヨーロッパの芸術の歴史を抽象表現に至る過程として体系的にまとめられたものでした。

 その後1940年代頃よりアメリカ、特にニューヨークを中心とした若手芸術家が芸術の最先端の表現である抽象表現主義の代表的な作家ジャクソン・ポロック(1912-1956)の制作風景です。床に敷いたキャンバスに絵の具を垂らしたり(ドロッピング)、流し込んで線を描いたり(ポーリング)してます。

次にこの写真。こちらもポロックと同じく抽象表現主義の代表格バーネット・ニューマン(1905-1970)の作品です。鑑賞者を包み込むような巨大なキャンバスに赤の色面が広がっている。たちによるとこちらの写真の方、クレメント・グリーンバーグ(1909-1994)によって理論付けされた事がもっとも有名だろう。


 グリーンバーグは抽象表現主義について厳格な理論を作り上げ、戦後アメリカを芸術の最先端の地とすることに大きく貢献しました。アメリカの抽象表現主義のその理論人物や風景といった具象物(フィギュラティブ)が一切描かれていないのがポロックやニューマンに共通する絵画の内容だ。抽象絵画は遡れば印象派やキュビズム、構成主義まで掘り下げて行けるのですが、グリーンバーグの打ち出した抽象表現主義の理論は具象物を徹底的に排除する形式だった。では、人物や風景といった具体的なものを描かないで、抽象表現主義は何を描こうとしたのか。それは「絵の具」や「キャンバス」といった「物質」のその先の崇高な神的な世界である。純粋に「物質」を極めたその先にこそ神的存在や世界が立ち現れてくるという思想が、人物や風景といった具象物を邪魔ものにして画面から追いやったのだ。

 グリーンバーグは平面性(視覚的イリュージョン)の追求を前衛芸術の条件とし、フォーマリズムという切り口によって理論を展開します。芸術の独自性を絵画の平面性に見出し、絵画から内容を排除して芸術としか言い表せないようなものを作成しようとした理論ですが、平面性とフォーマリズムという2つのキーワードに焦点をあててその理論を整理します。まず平面性とは、絵画作品における2次元性の事です。元をたどればフランスのナビ派の画家モーリス・ドニ(1870年-1943年)が発表した「新伝統主義の定義(1890年)」における「絵画が、軍馬や裸婦や何らかの逸話である以前に、本質的に、ある順番で集められた色彩で覆われた平坦な表面であることを、思い起こすべきであといった文言に起因し、グリーンバーグは近代の芸術において、芸術が自立性を探求する中で「平面性」を強調することが芸術の純化の過程の中で基礎として残ったものであるとし、マネからセザンヌ、キュビズムといったモダニズムの歴史は平面性が強調された歴史であったと述べます。よって抽象表現主義の絵画では、遠近法によって絵画の中に何らかの光景を描くことをご法度としました。次にフォーマリズムですが、美術批評家のロジャー・フライとクライヴ・ベルによって提唱された理論です。当時は絵画の物語性が重要とされていた時代であった為、印象派を論じるために形式を重要とする理論を打ち出したものです。グリーンバーグの理論はフォーマリズムであると解釈がされています。フォームとは形式と訳すことが可能であり、形式の対となる概念として「マチエール(素材、質量料)」があります。ここでいう物質とは、絵画の支持体であるキャンバスや絵の具といった媒体を指します。従来の絵画では「内容」を図像として表し、それを解釈する様式がとられますが、グリーンバーグはそれを否定し、フォーム「形式―物資」が内容より先だって表に存在し、内容は物質の中から立ち現れてくるものとしました。内容より物質が先立つとしたこの思想には、キリスト教、ユダヤ教の偶像崇拝を禁忌とする信仰や、唯物思想と観念論といった対の思想が関係します。観念論または唯物論とは超越的な真理の様なものを巡る議論です。観念論はプラトンを創始者とし、この世で私たちが見ているものを物事の真理(イデアと名称)から発生した影であるとしたものです。つまり私たちを取り囲む物は全て虚像であり、真理を見るには外的な物ではなく自身の内の中へ志向を傾ける必要を説いたものです。一方唯物思想はプラトンの弟子のアリストテレスを創始者とし、私たちを取り囲む物の中に心理があるものとします。つまり内容よりも物質が先に立つものとする思想であり、グリーンバーグは唯物論では心理の影であるこの世の光景を描写する絵画がさらにその影として心理とは程遠い存在となってしまうのに対し、唯物主義の立場をとってフォーム(物質=キャンバスや絵の具)を重要として絵画を作成することで唯物的に心理に近しい存在を芸術デア達成できるとしたものです。


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