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第七章 キンマモン①(球妖外伝 キジムナ物語)

東の空が明るい乳白色になっています。ガジュマルの木の下で待っていたアメ幽霊としゃれこうべとイナフク婆は、戻ってきたスーティーチャーとトゥイに会いました。

「キョキョ!うまくいったようだな」
トゥイは空っぽになったガジュマルの木を見て、飛びはねました。

スーティーチャーがアメ幽霊に聞きました。
「キジムナはどうしたんじゃ?」
「ブナガヤに追いかけられて逃げたわ。北の方角へ行ったけど……」
「キョキョ!おれたちも追いかけよう」

トゥイが叫ぶとイナフク婆が言いました。
「おまかせください。みなさま、わたくしの肩に手を置いてください」
トゥイは首をかしげます。
「キョキョ?どういうことだ?」
アメ幽霊が笑いました。
「イナフク婆がキジムナたちのところへ連れて行ってくれるのよ」

しゃれこうべがカタカタ口を開きました。
「わたしはここに残るわ」
みんなはしゃれこうべを見つめました。

しゃれこうべとの別れ

「さようなら。チョウを助けてくれてありがとう。キジムナにもお礼を言っておいてね」
アメ幽霊が聞きました。
「あなたは村に帰らなくてもいいの?わたしが連れて行こうか?」
「べつにいいのよ。村の誰かがそのうち見つけてくれると思うから。それまでわたしはチョウとたわむれておくの」

イナフク婆が頭をさげました。
「あなたさまが教えてくれたおかげで、チョウを逃がして、龍脈の乱れを元に戻すことができました。ありがとうございました」

アメ幽霊、スーティーチャー、トゥイはイナフク婆の肩に手をのせると、しゃれこうべに手を振りました。みんなの姿が消えてしまうと、しゃれこうべは上機嫌で歌いだしました。
 
チョウはひらひら……
ひらひらと舞う……

朝になり緑の山々は寝ぼけまなこで少しかすみがかかっていました。

キジムナ・ムムトゥとブナガヤ・ハベルはアスムイウタキの山頂にいました。ごつごつした岩だらけの道を走りながら、キジムナは後ろを振り返りました。
「どこまで追いかけてくるんだ?しつこいなー」
「まて!」
キジムナのすぐ後ろには、火の玉にのったブナガヤが浮かんでいます。

山頂の少し離れた場所にイナフク婆たちが現れました。
「キョキョ!ここはどこだ?」
トゥイが驚いて羽根をばたばたさせました。
「見て!キジムナたちよ」
アメ幽霊がキジムナとブナガヤを見つけて指さします。
「ほんとうじゃ!おーい」
「キジムナ!」
スーティーチャーとトゥイは大声で叫びましたが、二人は声に気がつきません。

アメ幽霊が空を見つめているイナフク婆に声をかけました。
「どうかしたの?」
トゥイが上を指さしました。
「傘だ!傘が降ってきたぞ」

御涼傘

アフリ岳の上空から、七色に光り輝く御涼傘(うりゃんさん)が、ふわふわとゆっくり落ちてきました。どこからともなく不思議で心地よい音楽が聞こえます。

急に山頂に霧が立ちこめて、周りが見えなくなりました。
 
ズシーーーン!
 
突然、地面が大きくゆれて地響きが鳴りました。
「キョキョ!?」
「きゃあ!」
「なにがおこったのじゃ!?」
トゥイたちは悲鳴をあげました。

霧の中でキジムナとブナガヤの体がふわりと浮かびあがりました。

「わ!わ!」
「なんだ!?」
気がつくと二人は巨大な手のひらの上にいました。上を見あげると巨大な顔がのぞきこんでいます。キジムナとブナガヤは息をのみました。

キンマモン

「あれは……キンマモンじゃ!」
スーティーチャーが叫びました。
「キンマモン?」
アメ幽霊とトゥイが首をかしげました。
「キンマモンはニライカナイからやってくる琉球の最高神じゃ。アフリ岳に涼傘があらわれるとき姿をあらわすという……」

キンマモンの手のひらの上で、ブナガヤはまぶしい光に包まれます。いつのまにか光でできたオリのなかに閉じこめられていました。

(チョウを閉じこめて龍脈を乱したのは、おまえだな?)
キンマモンはブナガヤに言いました。
「ここから出せ!」
ブナガヤはオリのさくをつかんで叫びました。
(これからは、わたしがおまえを閉じこめておく。おまえをニライカナイに連れて行ってやろう)
「いやだ!」
ブナガヤは青ざめて首を横にふりました。

「まって!」
キジムナがキンマモンに向かって話しかけました。
「ブナガヤはチョウを守りたかっただけなんだ!お願いだから許してあげて!」
トゥイも叫びました。
「キョキョ!ブナガヤはヤンバルの自然を守っている優しいやつなんだ!連れて行かないでくれ」
キンマモンは真剣に訴えるキジムナとトゥイを、じっと交互に見つめました。

「キンマモンさま」
呼びかけられて、キンマモンはイナフク婆のほうに顔を寄せました。アメ幽霊とスーティーチャーは、恐ろしくてすくみあがりました。

(おまえは……イナフク婆ではないか)
「はい」

(せっかくわたしが、ニライカナイにある竜宮へ連れていったのに、どうしておまえは逃げ出したのか?ニライカナイでは永遠に歳をとらずにすむというのに……)
「竜宮から逃げ出して申し訳ありませんでした。わたくしはひとりで歳をとらずに過ごすよりも、子や孫たちに囲まれて短い一生を終えるほうが良いと思ったのです」

(あんなに苦しんでいた現世へ戻るとは、人間とはおかしなものよ……。まあ、よい)
キンマモンはオリの中のブナガヤに顔を近づけました。
(おまえの友人やイナフク婆に免じて許してやろう。二度とこのようなまねはするなよ)

まばゆい光があたりを照らしました。キンマモンの姿は消えて、キジムナとブナガヤは地面に倒れていました。
「ムムトゥ!」
スーティーチャーやアメ幽霊がキジムナのもとにかけよりました。
「うーん。平気だよ」
といってキジムナは頭を起こしました。

「キョキョ!ブナガヤ」
トゥイが仰向けに倒れていたブナガヤの顔をのぞきこむと、ブナガヤはぱちりと目を開きました。
「だましたりして悪かったよ」
トゥイは、おずおずと後ずさりました。キジムナがブナガヤに手を差しのべます。
「大丈夫か?」

ブナガヤはキジムナの手にはふれずに、自分で起き上がりました。青白い火の玉の上にのると、背中を向けてしばらくじっとしていました。

「……ありがとな」
小さな声で言うと、ブナガヤはそのまま飛んでいってしまいました。

「キョキョ!聞こえたか?」
「うん!」
キジムナとトゥイは顔を見合わせて、にかっと笑いました。

「わたくしからもお礼を言わせてください」
ふりかえるとイナフク婆がかしこまって頭を下げています。
「何から何までお世話になって本当にありがとうございました。これでわたくしの目的を果たすことができました」
スーティーチャーが聞きました。
「おぬしは始めからキンマモンに会うつもりじゃったのか?」
「おっしゃるとおりです。わたくしはキンマモンさまに一言、お詫び申し上げたかったのです。キンマモンさまがここに現れるには、龍脈の乱れを正す必要がございました」
イナフク婆は深々と頭を下げました。

「それにしても疲れたのう」
スーティーチャーがぐったりして地面に座りこみました。
「イナフク婆、わしらをホロホロー森に帰してもらえぬか?」
「申し訳ありませぬ。今は力を使い果たしてしまいました。夜までお待ちください」
アメ幽霊がほほ笑みました。
「ゆっくり休んで夜になったら帰りましょう」

キジムナが立ちあがりました。
「ぼく、ちょっと行ってくるね!」
トゥイもぴょんぴょん飛び跳ねました。
「キョキョ!おれも」

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