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第七章 キンマモン②終(球妖外伝 キジムナ物語)

ブナガヤは火の玉と森の中をとぼとぼ歩いていました。
「おれが間違っていたのか……?」
ぼそりと言うと火の玉が答えました。
(何が正しいのか何が間違っているのか。本当のところは、だれにもわからないさ。おまえはおまえが正しいと思ったことをやったまでのことだよ)
「……」

ブナガヤは真剣な面持ちでしばらく考えてから、自分の気持ちを言葉にしました。
「でも……おれは独りよがりだった。何でもかんでも自分で決めて、ほかのやつらの意見は聞こうとしなかった。キジムナは、おれにまっすぐぶつかってくれた。正直言うとおれは、キジムナがガジュマルの木のカゴを壊してくれたとき、心の奥でどこかほっとしたんだ」
(……そうか)

「これからは、ほかのやつらとも話をしようと思う。友だちを作りたい。でも……おれにできるかな?」
(大丈夫だよ。心配するな)
「でもおれは無口だし……ぶっきらぼうだし……愛想がないし……」
(……自覚していたのか。でも、おまえのことを認めてくれるやつもいただろう?ほんの少しだけ勇気を出して話しかけてみろ。おまえはもう大丈夫だよ)

ブナガヤが下をむいていると、火の玉はため息をつきました。
(おまえと話をするのは、もうこれが最後なんだけどな……)
ブナガヤは顔をあげました。
「どういうことだ?」

(おれはおまえが作り出した火の玉だ。おまえはおれと話しているつもりかもしれないが、おまえは自分自身と話をしているんだよ。おれとおまえは同じなんだ。だから、おれの声はおまえにしか聞こえない)
「……わけが分からない」
ブナガヤは混乱して手で頭をかきました。

(おれは、ひとりぼっちだったおまえの話し相手として作られたのさ。でも、もうおまえはひとりじゃない。おれはお役ごめんってわけだ)
「……もう会えないのか?」

(心配するな。おれはただのしゃべらない火の玉に戻るだけだ。おまえがおれと話したいときは、自分の心に問いかけたらいい。いいか、二度とおれには無理とか言うなよ。おまえにできないことはないって、おれは信じているんだからな……)
ブナガヤは青白く燃えあがる火の玉をじっと見つめていました。火の玉の声はもう、二度とブナガヤには聞こえませんでした。


「いたいた!おーい、ブナガヤ」
森の中から、キジムナとトゥイが手を振りながら走ってきました。ブナガヤは振り向いて立ち止まりました。
「会えて良かった!帰る前に話がしたかったんだ」
「……なんだ?」
キジムナはブナガヤの両手をガシッとつかまえました。

「ぼくがおぼれたときに、助けてくれたのはブナガヤだよね?どうしてもお礼が言いたかったんだ」
ブナガヤはとまどいました。
「ああ……。たいしたことじゃない」
「ありがとね!」
「うん……あのさキジムナ……」
「なあに?」
「あの……」
「……」
ブナガヤは下を向きました。
「……やっぱりなんでもない」

「えーっ!?」
キジムナはずっこけました。
「じゃあ、ぼくの番だね。ブナガヤ!ぼくと友だちになってくれないか!?」
思いがけない言葉にブナガヤはぽかんと口を開けました。

トゥイがバサバサと羽根をひろげて飛びあがりました。
「キョキョ!ずるいぞキジムナ。おれが先に言おうと思っていたのに!」
「ぼくが先だもんね!」
キジムナとトゥイはわあわあ言い争っています。それを見てブナガヤは、くすりと笑いました。

「あ!ブナガヤ、今笑っただろ!?」
キジムナがブナガヤを見て言いました。
「笑っていない」
「キョキョ!おれも見た。笑っていたぞ」
「それ!くすぐれ」
キジムナがブナガヤを後ろから捕まえました。トゥイが羽根でお腹をこちょこちょとくすぐります。

「あははは。バカ!やめろ」
ブナガヤが腹をよじると、キジムナといっしょに倒れてしまいました。落ち葉にまみれたお互いの姿を見て、みんな笑い転げました。

夜になるまでブナガヤとトゥイと楽しくおしゃべりをして過ごしたあと、暗くなったのに気づいたキジムナは立ちあがりました。
「ぼく、そろそろ行かなくちゃ。先生たちが待っている」
トゥイが名残惜しそうに言いました。
「もう行ってしまうのか?ずっとヤンバルの森にいたらいいのに」

「そうしたいけど、ホロホロー森でぼくの帰りを待っているやつらがいるんだ。また遊びにくるよ」
「きっとだぞ!」
トゥイが飛びはねました。
「元気でな」
ブナガヤがキジムナに声をかけました。
「ブナガヤ!いつかホロホロー森に遊びにきてよ。待っているから」
「うん。かならず行く」
ブナガヤはうなずきました。
キジムナは手をふって別れをつげると、力強く走り出しました。

キジムナたちがホロホロー森に帰って数日後のことです。夜のぐしちゃん浜では、何やら楽しそうな笑い声が聞こえています。マジムンたちが宴会をしているのです。イナフク婆がお礼にくれたごちそうをたっぷり食べて、お酒が好きなスーサーとウチャタイマグラーは、泡盛を飲んで意気投合していました。ビーチャとカーブヤーがひそひそと話しました。
「ねえ、あいつはだれなの?」
「さあ?キジムナが呼んだらしいよ」

「ウチャタイマグラー、食べ物をさわっても平気なの?」
キジムナが聞くと
「お箸を使って食べたら腐らないんだよ。アメ幽霊に教えてもらったんだ」
ウチャタイマグラーは笑顔で答えました。アメ幽霊が三線を演奏し始めました。

「よし!踊るぞぉ」
酔っぱらったスーサーがふらつきながら、円の中心に立ちました。カーブヤーが手を叩いて
「よ!待っていました!」
とはやし立てました。スーサーは両手を上にあげると、カチャーシーという踊りを披露しました。
「いいぞ!いいぞ!」
「おっとっと……」
スーサーがよろけると、ビーチャが飛び出てきて
「ちょっと飲みすぎじゃないの!?」
と文句を言ったので、一同はどっと笑いました。

スーティーチャーは宴会には加わらず、少し離れたところで巻物を読んでいました。
「ふーむ。なるほど。キンマモンについてもっと調べてみよう」
ぶつぶつ独り言をこぼしています。

どさっ!
 
突然、キジムナの目の前に2mぐらいの大きな赤い魚が落っこちてきました。

「わあ!」
と言ってキジムナは後ろにひっくり返りました。魚はびちびちと料理の上を飛びはねました。
「きゃあ!」
「ひえーっ!」
みんなは悲鳴をあげました。

「こんなことをするのは……アコウ!おまえの仕業だな!?」
キジムナが怒って上を見あげると、ブリ(巨岩)の上からアコウ・クロウがのぞいていました。

「ひひひ。おれの差し入れさ」
「宴会をめちゃくちゃにして……もう怒ったぞ!」
キジムナは立ち上がると、逃げたアコウを追いかけました。
「待て!」

残されたものたちは、走っていった二人の後ろ姿をぽかんと見つめました。ウチャタイマグラーが赤い魚を見て驚きます。
「おお!これは高級魚のアカジンミーバイだ!すごく美味しい魚だぞ」
アメ幽霊はため息をもらしました。
「アコウがこんなものをくれるなんて…….。何を考えているのか、やっぱりよくわからないわ」
スーティーチャーは夜空に輝くムリブシ(群星)を見あげて、ほほ笑みました。
「ふぉふぉふぉ。ムムトゥよ、新しい友だちができてよかったのう」
 

 おわり

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