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2回廃止された沖縄バスの南風原線

沖縄バスは、2015年より49番・南風原線という路線を運行していた。この南風原線は2019年に廃止され現存しないが、時は遡ること1992年にも、経路は異なるが、沖縄バスは同名の南風原線という路線を運行していた。
すなわち南風原線という路線は、2回廃止されたことになる。


初代南風原線は1992年に運行を開始

初代南風原線の運行開始は、1992年5月6日のことである。系統番号は113番が付与された。当時の新聞記事を以下に抜粋する。

 沖縄バス(新川記一社長)は、那覇バスターミナルを出発し、南風原町役場前通って巡回する「南風原線」を、5月6日から1日10往復運行する。同社の32番目のバス路線で、系統番号は113番。以前から新設を望む声が多かった路線で、南風原町の住民は「これで交通の便が良くなる」と歓迎している。同6日には、南風原町役場前で開通式も予定されている。

「南風原線」を開設/来月6日から1日10往復(1992年4月27日 沖縄タイムス)

当時の運行ルートを以下に示す。

初代南風原線の運行ルート
OpenStreetMap®を元に作成 ©OpenStreetMap contributors

南風原町の津嘉山、照屋地区の路線バスが通っていなかった公共交通空白地域を埋める経路となっている。
また那覇市内においても、1972年に返還され宅地開発が進んでいたが、路線バスが通っていなかった米軍与儀タンクファーム(那覇第2貯油施設)跡地を経由するルートであった。

部分的に独自ルートが設置された路線ではあったが、上記の新聞記事にも記載があるように、1日10本のみの運行であり、それほどの需要はみこんでいなかったようである。

南風原町役場前発着時代の113番・南風原線の写真をTwitterで見つけたので下記に掲載する。拡大するとわかるが「与儀タンク跡地」経由のプレートが掲示されている。

1993年には大城まで延長

1992年の運行開始当初は南風原町役場が終点であったが、その後、さらに東の大里村(現在の南城市)大城まで延長されている。延長後の運行ルートを以下に示す。

大城まで延長後の初代南風原線の運行ルート
OpenStreetMap®を元に作成 ©OpenStreetMap contributors

延長された詳細な時期は不明であるが、1993年3月末時点の路線一覧$${^1}$$では那覇~照屋間の運行であるが、1993年11月1日時点の路線一覧$${^2}$$では那覇~大城間の運行となっていることから、1993年4月~10月の間に変更されたようである。なお、大城延長後に、運行本数は1日8本と微減している。

大城には折返しのための駐車場が設置されており、南風原線の延伸時には、沖縄バスの40番・大里線や109番・大里線が発着していたことから、発着地の集約が目的であろうか。
ちなみに大城発着として在りし日の113番・南風原線の写真が以下のブログの中段に掲載されているので、ご紹介しておく。

1998年に113番・南風原線は廃止

沖縄バス創立60周年記念誌によると、113番・南風原線は1998年1月に廃止されたようである。同じ括りで記載されている「向陽高校行きの新設」は、向陽高校の躍進(学校概要)によると、1998年1月6日のことなので、正確には1998年1月5日をもっての廃止だろうか。運行期間としては約6年であった。

1998年01月
 南風原線「113」廃止
 大里線増回および向陽高校行き新設ダイヤ運行開始

沖縄バス60年のあゆみ(2011年3月 沖縄バス発行)p.43

平成9年度
 1月6日 新バス路線(向陽高校線)運行する

躍進 - 学校概要(2017年 沖縄県立向陽高等学校発行)p.2

なお初代南風原線の単独運行区間(上記路線図のピンク線の区間)には、2023年2月時点でも路線バスは走っていない。

2代目南風原線は2015年に運行を開始

2代目南風原線の運行開始は、初代南風原線が廃止されて約15年が経過した2015年4月6日のことである。系統番号は49番が付与された。

【沖縄バス/沖バスの仕事】 ~南風原線☆~ 4月6日から運行を開始した系統49番の南風原線☆那覇バスターミナルから南風原町宮平にある南部保健所前までの区間を運行するこの路線は百名系統(39番、41番)に組み込まれていますね(^^)

Posted by 沖縄バス株式会社 on Tuesday, April 7, 2015

運行ルートを以下に示す。

2代目南風原線と初代南風原線の運行ルート
OpenStreetMap®を元に作成 ©OpenStreetMap contributors

初代南風原線とは全く異なるルートである。また、独自の運行区間も存在せず、現在も運行されている39番・南城線を短縮した路線であった(系統番号である49番は、当時の39番・百名線からの派生路線だからなのかも)。

なお折り返しの関係からか、那覇発の終点は南部保健所前であったが、那覇行きの起点は宮平であった。以下のようなルートで折り返していたのだろうか。

想定される折り返しのための回送ルート
OpenStreetMap®を元に作成 ©OpenStreetMap contributors

運行本数は偶然ながら、初代南風原線の運行当初の運行本数と同じ1日10本(平日)であった$${^3}$$。

49番・南風原線は約4年で廃止

2代目南風原線の新設は、当時の39番・百名線のうち、那覇側の利用者が多い区間のみを運行することで、収支を改善させる目的があったのかもしれないが、2019年9月30日をもって廃止されている。
翌日から「南城市地域公共交通再編実施計画」に基づき、南城市を発着する路線バスの大幅再編が行われており、派生元路線である39番・百名線の南城線への路線変更が実施されたことから、それに巻き込まれての廃止だと思われる。なお、同日をもって49番・南風原線以外にも、109番・大里線も廃止されている$${^4}$$。
運行期間は約4年と、短命だった初代南風原線よりも、さらに短命であった。

注釈

  1. 平成5年度 業務概況(1993年7月 沖縄総合事務局陸運事務所発行)p.30

  2. 運賃及び粁程表 平成5年11月1日改定(1993年 沖縄県バス協会発行)

  3. 39番・百名線/41番・つきしろの街線/49番・南風原線 通過時刻表(2015年4月6日 沖縄バス)Webアーカイブページ

  4. 【お知らせ】「南城市地域公共交通再編実施計画」に伴う路線バスの変更について(2019年9月18日 沖縄バス)


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