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No.1217 民間話芸?

全国区の噺家さんが、田舎の公民館に来てくれたのは、もう1週間も前のことです。観客数が100人足らずのミニ独演会です。よくぞ多忙を割いて来てくださったと、いたく感激しました。

友人からの誘いを貰った私は、開演の1時間半も前に会場にたどりつき、1番乗りでした。次第に近郷近在の人々が集まり始めましたが、圧倒的に老人たちが多く、若い人は数えるほどしかいません。私の席は、いつの間にか美しく年を召された女性ばかりに囲まれ、陸の孤島状態となりました。

凄いなと思ったのは、開演までのほぼ1時間、隣近所の連れ合いの方々とノンストップでお喋りの花を咲かせていたことです。既に前座のお噺を聴くがごとくです。会話の途切れが一切ありません。しかも一つの事ではなく、化粧の話から始まって、家族の事、趣味の事、テレビドラマの事、病気や薬の事、夢でも見ているように脈絡なく話が続き展開してゆきます。脳内のシナプス君が、集団で盛んに活動しているようです。

決して聞き耳を立てていたわけではありません。すぐ隣とすぐ後ろで交わす会話なので、こちらの耳をふさがない限り、聞こえてくるのです。その昔、「かしまし娘」という3人姉妹の漫才師がいましたが、私の隣人の女性たちも「かしがまし・いにしえ3人娘」と芸名を差し上げたいほど雄弁でした。おそるべきパワーです。

定刻になって落語家が大きな拍手で迎えられ、舞台からご機嫌伺いの話を始め、観客の視線は落語家に集中し、私は喧騒から解放され、静かに耳を傾けられるはずでした。

ところが、現実は正反対でした。大げさではなく、1分間に10回は笑わせてくれるマシンガントーク師匠の新作落語が、件の女性たちにハマったらしく、「えっ、そうなん?」「あー、そうそう!」「へー!」「わかるわー!」「まあ、どーしましょ!」と師匠に声が届くのではないかと思うくらい「合いの手言葉」を発する(ハッスル?)のです。師匠の落語の世界に酔いしれて、黙って聞き、ただ笑うだけでは気が済まなくなったようです。

私は、落語が始まるまで彼女らにお付き合いし、落語が始まってからも彼女らにお付き合いし、ステレオタイプで話芸を楽しむ(?)ことになりました。

師匠は、汗をぬぐいながら、しら真剣に落語を演じ語り、私たちを引き攣るような笑いの世界にいざなってくれました。それにつられたお隣の老女たちも「間の手」ならぬ「相槌の声」のボルテージを上げました。やかまし、まやかし、おもしろし!

「落語きく 友もまた身を ねぢてをる」
喜谷六花(きたに りっか、1877年~1968年)


※画像は、クリエイター・delpyさんの、タイトル「3行日記 2024 0321 3月下席初日夜」(浅草演芸ホール)の1葉をかたじけなくしました。お礼申し上げます。