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No.1274 どう生きるか?

「友を近くに置け、敵はもっと近くに置け」
『ゴッドファーザー PART II』(1974年、アメリカ映画)で、マイケル・コルレオーネとフランク・ペンタンジェリの会話のシーンでマイケルが放った台詞だそうです。私は血なまぐさいのは苦手なので、映画を観ていません。根が臆病者、蚤の赤ちゃんの心臓です。
 
「父はこの部屋で私に教えてくれたんだ。 『友を近くに置け、敵はもっと近くに置け』と。」
とか言ったそうですが、合っていますか?この、
「友を近くに置け、敵はもっと近くに置け」
という格言は、『孫子』(紀元前500年ごろの中国春秋時代の軍事思想家・孫武の著)という兵法書に出てくる格言で、映画で使用されたことによってより多くの人に知られるようになったという解説が目につきます。はて?
 
1週間ほど前に、BS日テレで韓国時代劇「イ・サン」(全77話)が終わりました。その「刺客の視点」(第16話)の中で、イ・サンの懐刀となったホン・グギョン(洪国栄)は、理由も言わずにイ・サン(王世孫)の政敵であるチョン・フギョム(鄭厚謙)の隣りの家に住むために、理由を言わぬままサンから500両を貰い受けて家を購入します。その姿を見て驚いたフギョムが、不思議に思い、
「そなたが何故(このようなことを)?」
とグギョンに声をかけるのですが、その時、
「敵は友より近くに置け、と申します。」
と笑みを浮かべながらこたえるのです。そのシーンが非常に印象的でした。
 
チョン・フギョムは、国王の秘書的な役割の承旨(スンジ)という職位に就いています。イ・サンの祖父に当たる英祖(ヨンジョ)の娘の和緩(ファワン)の養子です。したがって、ファワンを母と慕っています。ところが、叔母であるファワンは、イ・サンの敵対する人物であり、その手先が頭脳明晰なチョン・フギョムなのです。彼は、戦略能力にたけており、幾度となく母・和緩(ファワン)の野望である「イ・サンを国王にしない」ために策略を練り、対抗するのです。まことに厄介な相手でした。
 
そんな状況の中で、あの名言、
「友を近くに置け、敵はもっと近くに置け。」
が飛び出しました。『孫子』のどこに出てくるのだろうと思い、「Web漢文大系 孫子」で何度か読みましたが、それらしい言葉にヒットしません。多分、名言は意訳であり、私が探し当てられなかっただけなのでしょうが、何だかモヤッとしています。どなたか、お教えいただければ幸いです。
 
ところで、ドラマでは、全幅の信頼をおかれていたホン・グギョンでしたが、妹が後宮に入り、権力の座に就いたものの、妹が病死すると、人格が一変してしまい、ついにはイ・サンの信頼を裏切る事件を起こして失脚してしまいました。
 
いったい、イ・サン(正祖、1752年~1800年)と実際のホン・グギョン(洪国栄、1748年~1781年)とは、どんな関係だったのでしょう?研究者の教えに学びました。

正祖(イ・サン)は、即位した年に世孫の時代から自分を支えてくれたホン・グギョンを、政治と全役人を統括する最高官庁である承政院の副承旨に任命し、その後、承旨に昇格起用します。彼は正祖の即位を妨害したチョン・フギョムたちを失脚させ、政権を独占し始めました。
 
ところが、グギョンという人物は、儒教的な精神に乏しく、正祖以外の人々にはすべて対等に話し、態度も尊大だったといい、周辺からの批判が少なくなかったようです。イ・サンのヒョイ(孝懿)王妃に子供が生まれないのを口実に、自分の妹を嫁がせて、外戚としての力も持ったと言われます。因みに、ヒョイ王妃は、朝鮮王朝の中でも最も徳の高い王妃の一人として慕われているそうです。ドラマでも、そのような描かれ方でした。
 
正祖(イ・サン)は、小さな過ちを犯したり、横暴さがなかなか改まらなかったりするホン・グギョン(洪国栄)に国事を任せていたといいます。しかし、グギョンの妹で、イ・サンの側室となったウォンビン(元嬪、1766年~1779年)がわずか1年で病没し、その後の言動に無軌道ぶりが見られるようになります。
 
退職を勧められたグギョンは、保身のためか、ヒョイ王妃の暗殺まで計画してしまいます。この事件が発覚して、グギョンはお家取り潰しの上、故郷へ追放されたと言います。
 
1776年3月に28歳で承政院副承旨に異動し、1779年9月に全官職を辞任するまで、わずか4年の歳月でしたが、グギョンの後半生は、波乱万丈だったように思えます。そして、ドラマは、その人生をかなりリアルに再現していたようにも思いました。
 
重臣ホン・グギョンは、1781年に享年34の若さで流刑の地で病没しました。
正祖イ・サンは、25歳で即位し、1800年に49歳の若さで病没しました。

自分の命は、いつ、どこで、どのように終わるのか、誰にも分かりません。
 「どう生きるのか」の大きな命題を観る者に突き付けたまま、ドラマは終わりました。


※画像は、クリエイター・彩流(さいりゅう)❤️asunagaさんの、「ライトアップも美しく幻想的で厳格な雰囲気を漂わせている、大韓民国のソウル、中和殿」の1葉をかたじけなくしました。お礼申し上げます。