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No.1030 感動をありがとう!

 病院の朝は早い。目覚めると、新聞配達のアルバイトをする息子が顔を見せた。「今日から配達区域がこの近くに変わったから、ついでに寄ったんよ。新聞好きやろ」と、朝刊を手渡してくれた。
 
 12年ほど前の冬、私は思いもよらない病気で入院した。まだ暗い夜明け前、3階の病室から眺める街並みは、立体的で箱庭のようにきれいだった。人影のない道路を1台の自転車が走る。息子を心待ちにする私には、近づくライトが幸せを運ぶ軌跡のように見えた。
 部屋の中は暖かいが、受け取る新聞は冷たくて外の厳しい寒さを感じさせる。雪の降る日は氷に触れるようだった。
 
 ドアを開け、「持ってきたでー」とほほ笑み、「また明日来るわ」と手を振って出ていく。わずか1分たらず。そんな朝が3か月ばかり続いた。
 
 梅の花が咲くころに退院し、翌日から息子の配達区域は元に戻った。申し合わせようなタイミングに私は、はっとする。息子は偶然だと笑い飛ばした。

   2015年(平成27年)10月、第22回「新聞配達に関するエッセーコンテスト」最優秀作品
「かけがえのない日々」(滋賀県・男性・63歳)より

今から8年前の10月2日、大分合同新聞朝刊に掲載された受賞作品を紹介したものです。父親の愛情のこもった表現の何と生き生きしていることでしょう。孝行息子の自然体の「嘘も方便」にすっかりやられてしまいます。何度読み返しても胸が詰まってしまい、困ったものです。美しいお話ですね。


※画像は、クリエイター・mioさんの1葉をかたじけなくしました。説明に「神戸市王子動物園の前にある像です。タイトルは『働く少年の像』」とありました。この少年も孝行息子で、気働きができる人物のように見えます。お礼申し上げます。